景気回復の兆しがいまだはっきりとは見えてこない中、シリコンバレーで起業家を志す人達はどのようなことを考えて行動しなければならないのでしょうか?また、自分のキャリアをスタートアップに賭けようという人は、その会社の成功・不成功の見込みをどう考えたら良いのでしょうか?


去る2月22日、スタンフォード大学ビジネススクールで開催されたAnnual Stanford University GSB Conference on Entrepreneurshipに参加し、ネットスケープ社(現AOL)の設立者であり、インターネットにブレークスルーをもたらしたNetscape Navigatorブラウザーの発明者でもあるMarc Andreessen氏の講演を聞く機会に恵まれました。テーマは「起業にまつわる10のパラドックス」というもので、非常に興味深い話を聞くことができました。
本文では、その「10のパラドックス」と、皆さんと共有したいと思います。実際のスピーチの雰囲気、同氏の語り口を全て再現することはできませんが、エッセンスだけでも感じ取っていただければ幸いです。
その1: “These are the worst of times and also the best of times to start a company.”
最悪の環境、というのには多くの人が同意すると思いますが、「最良の環境」というのは一体どういうことでしょうか?
Andreessen氏曰く、「バブルの時には(一刻も早く市場に出て、一刻も早く株式公開したい、というモチベーションが支配していたため)、アイディアをじっくり練ることもできず、また起業された会社の多くも「さっさと金持ちになろう」という悪しきカルチャーに支配されていた。それに対して、現在の環境は、資金調達こそ難しいが、競争相手も少なく、また直ぐに金持ちになれる見込みもないので、じっくりアイディアを練って、良いカルチャーを持った会社を作る余裕がある」とことだそうです。
思い出してみると、確かにバブル期には同じような市場を、同じような製品やサービスで狙う企業が、ベンチャー資金が潤沢なのを幸い、乱立していました。そんな環境では、「とにかく早く動く」以外に差別化はできません。また、乱立により人材やオフィスといった経営資源の値段まで吊り上ったのですから、会社の収益も上がるわけがありません。
その2:”There are only 3-4 very successful companies per decade.”
これだけではあまりパラドックスらしくないのですが、推察するに、「これだけ様々な技術、アイディアが次々と生まれているのに、それをビジネスとして成功させている会社は実に少ないのはなぜ?」ということだと思います。
これについては「本当にすばらしいビジネスアイディアの数がその程度しかないからだ」という説明をしていました。「それはそうだけどさ」というリアクションを誘う発言ではありましたが、第一のパラドックスと併せて考えると、バブルの頃には大企業を生み得る素晴らしいアイディアがいくらでもあるかのように投資が行われていたことへの皮肉を込めていたのかな、とも思います。
その3:”Great new ideas will be viewed as crazy ideas, but so are bad ideas.”
Andreessen氏はこれに「人が『素晴らしい』というようなアイディアはたぶんロクでもないものだ。既存の大企業が『正気の沙汰とは思えない』と言うようなアイディアこそが良いアイディアなのだ」と付け加えていました。
これは「ロクでもないアイディアも人からはダメなアイディアと言われる」というところに意味があると思います。起業家には、「人は自分のアイディアを『うまく行くはずがない』というが、それは自分のアイディアが現在の常識のはるか先を行っているからだ」と思い込んでいる人がいるかもしれませんが、本当にダメなアイディアなので人が「ダメ」といっている可能性のほうが高いわけですから。
その4:”Only simple [business] ideas take off, and not the complex ideas.”
「一言二言で説明できるようなアイディアでなければ、本当に受け入れられない。起業をする際に大事なのは、アイディアをそのような単純な形にまで煮詰めていくことだ」というのが説明でした。
これは、単純な形で「誰に、どのような価値をもたらすのか」が明確に示されなければ、投資家はもちろん、最終的な顧客に自身の製品なりサービスを「売る」ことはできない、ということでしょう。Andreessen氏は、「複雑なもの」の例として、一連の「ハイブリッド製品」、具体的には「PDA+電話」を挙げていました。確かに、これらは「くっつけたら便利」に思えるものかもしれませんが、実際には結構使い勝手が悪いもので、幅広く用いられてはいません。
その5:“Timing is critical, but you can’t do anything about it.”
成功した起業を見ていると、「正しい時に、正しい位置にいた」というケースが多くを占めます。どんなに素晴らしい技術を持っていても、ユーザーニーズが追いついていない、補完的な技術やインフラが整備されていない、といった理由で消えていったスタートアップはかなりの数に上るのではないでしょうか?
それでは起業の成功は完全に「運任せ」なのでしょうか?Andreessen氏は「成功した会社は、自社の成功のためには、何が起きなければいけないのかを考え、それが起きるまで何をしなければいけないかを考え、起きたら何をしなければいけないのかを考え、実行しているので、運ばかりではない」としています。これはよく言われる「エクセキューションが重要」、ということを非常に分かりやすく説明していると思います。
その6:“Markets are important, but so are teams.”
「スタートアップの製品なりサービスなりが十分売れるような市場があることは成功の必要条件ではあるが、優秀なマネジメントチームは市場を探すことができる。成功した企業の多くが、創業当初にターゲットとしていた市場とは違うところで成功している」というのがこのパラドックス(あまりそれらしい表現ではないですが)についての説明でした。
また、「VCはスタートアップに投資をする際、『市場があるか』というのと『マネジメントチームが優秀か』という2点を最も重視するが、VCによってそのどちらをより重視するかが異なる」とも付け加えていました。
その7:“Listen to the customer, but at some point you have to dictate to them.”
ここでは、「顧客が自分から『こんな新しいモノが欲しい』ということはない。顧客が必要だと思っていないものの必要性を気付かせることが重要なのだ」と言った後、「Steve Jobsは『顧客が欲しがっていることに自分では気付いていないモノを売る』のが得意だ」と付け加えました。
いま現在「見えている」ニーズだけを充足するビジネスであれば、既に誰かがやっているか、現在お客を持っている、ブランド力のある既存企業が有利になるので、スタートアップが入り込んで成功するのは非常に難しいです。その一方、「見えていない」ニーズを追求するのは成功の保証がないということですので、非常にリスクも高くなります。また最初に出した製品・サービスで「見えていない」ニーズへの対応に成功した企業であっても、その後出したものでは「外して」しまい、成功が長続きしない、ということもあります。
残念ながら、どうやったら常に顧客ニーズの一歩先を歩みつづけることが可能になるのかについては発言はありませんでした。(「自分が知りたいくらいだ」というのが本音なのかもしれません)
その8:“In a new market, the worst product wins.”
これについては、「(ニーズの固まっていない)新興市場では時間をかけて『完璧な』製品を出した企業でなく、『荒削りな』製品を早々と出して、顧客からと共に学ぶ企業の方が成功する」と説明をしています。
技術指向の強過ぎる会社、職人気質の強い会社では『荒削りな』製品を出すことには非常に強い抵抗があると思います。特に日本企業にとっては難しいのではないでしょうか。また、『荒削りな』製品を出しても、顧客にそっぽを向かれ、学ぶどころではなくなる、というリスクもあると思います。
その9:“Great companies tend to have the founder acting as CEO for a long time.”
「VCの投資を受けると、彼らは4-5年という投資・回収サイクルに従うので、4-5年で公開なりに持っていけるようなベテラン経営者をよそから連れてきてCEOにするが、そういった会社で成功しているところは少ない。」と言った後で、「創業者でCEOとしての適正を備えている人は実に少ない。成功するスタートアップの数が少ないのはそのため」としています。
Andreessen氏もシスコやEベイといった、創業者でない雇われCEOが成功に導いた企業があることは認めましたが、「これら企業はとても良い市場を確保している」ということを強調していました。
その10:“The first time you start a company is the hardest, but so are the 2nd, 3rd, and nth time.”
成功したり失敗したりしながら何度も会社を設立する人のことをSerial Entrepreneur(さしずめ、連続殺人鬼(Serial Killer)ならぬ「連続起業家」ですね)と呼び、そういう人のほうが起業には有利だとされますが、Andreessen氏は必ずしもそうとは思っていないようです。「連続起業家というのはとかく視野狭窄(Tunnel Vision)に陥り、周囲が見えなくなりがちである」と言っています。そして、最後に「経験が無いということは強みでもあり、弱みでもある」という言葉で締めくくりました。
「素晴らしい市場」と「優秀なマネジメントチーム」を有し、「単純かつ『クレージー』なアイディア」があって、「良いタイミング」に恵まれ、「ユーザーニーズを先取りしているが『荒削りな』製品を出し」、なおかつ創業者が「CEOとしての資質も備え、視野の広い人」であるスタートアップでなければ成功はしないということになります。それでは10年に3社とか4社しか大成功しないのも当たり前だし、何度やっても難しさには変わらないな、と妙に納得しました。
「Great businesses are built during recessions」とは良く言われることですが、どこかで本当に良いアイディアを時間をかけてビジネスにし、長期的成功にコミットしたカルチャーを持った組織を着々と作っている人たちがいるのでしょう…いて欲しいものです。
皆さんの周りのスタートアップや起業家は、上の10項目に照らしてどうでしょう?
ご意見・ご感想お待ちしております。(naotake@jtpa.org)