一般にアメリカにおける義務教育というと, 日本で見受けられるようないわゆる受験戦争や偏差値教育とは無縁の世界で、子供達はのびのびと学校生活を満喫しているだろうと想像されるかもしれません。ところが、現実にはのんびりしていることもできないようです。今月は義務教育に焦点を当てて久保由美さんにリポートしていただきました。熾烈な「学区レベル」の競争が繰り広げられている様子が特に印象的です。
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〓有名になりすぎたCupertino Union学区 〓
シリコンバレーに引越しする。ということを考える。考えていなくても会社から辞令がおりて、
「家族で、行っておいで」と言われる方もあるかと思います。
それも子供を連れて!となると、まず一番に考えるのが、学校の問題ではないでしょうか?
シリコンバレーで、学区といえば、Cupertinoを思う人が多いと思います。
環境がよく、高い偏差値。安全で、日本人もある程度いて、住みやすい地域。
人口比率から、言うと、日本人が全体の4.61%です。
http://cupertino.areaconnect.com/statistics.htm
シリコンバレーで一番の巨大都市であるSan Jose市 は、日本人の比率は、は1.28%になります。
たしかに、Cupertinoは、日本人が多い。Cupertinoに住んでいる日本人の方たちに聞いてみると、駐在で、住む日本人のパーセンテージがとても高いそうです。
「なぜCupertinoにすんだのですか?」という問いに、
「会社で赴任前の説明会があったときにCupertinoがいいですよ。前任者もそこでしたし、情報もきけますし、治安もいいし、日本人もそこそこの家族数が、すんでいるので、住みやすい」
という理由で住まれる方が多く、これは、赴任してから住む場所を決めるというより、赴任する前から、Cupertinoと決めて移り住む日本の方が多いようです。お母さん達にきいてみると、やはり学校のレベルがいいし・・・という話でした。
これを裏づけるかのように、
2004年10月3日付けのサンノゼマーキュリーニュース新聞でもCupertino Union学区(以下クパティーノ学区)で「名義貸し」が行われているという記事がのりました。これは、クパティーノ学区に住んでいないけれど、クパティーノ学区の住所を借りて、子供をその学区内の学校に通わせるということです。その住所貸しの代金が、月に1200ドルという金額まででてきました。このような噂は、前々からあり、学区は、各家庭への訪問をはじめました。本当に学校に通う子供が届出のあった住所にすんでいるかどうか?を家まで入って確認しているという記事です。
http://www.mercurynews.com/mld/mercurynews/news/local/9825135.htm
では、Cupertino地区に実際住んでみて、納得のゆく教育を受けているか?という問いには、全般的には、快適だけど、小学校の授業内容に、体育と音楽がない。ということに不満を抱いている方が多いようです。体育の授業がない???
そうです。ここ数年、カリフォルニア州の教育費は、年々削られてゆく一方です。
クパティーノ学区の小学校は、早々に体育と音楽にたいする予算は、大幅に削られています。シリコンバレーでは、このような学区は、多くみられます。
「昔は、体育の授業も、きちんとあったのだけどね。」いうCupertinoの近くのここもまた学校の偏差地が高いとされる、Los Gatosと呼ばれる地域にすむ方のため息の原因を聞いてみました。それは、数年前は小学校に、体育の先生が、常駐していたというのです。そのころは、毎日のように体育があり、体育の先生が学校にいました。ところが、ここ数年の教育費のカットで、体育の先生が、時給制パートタイムの仕事になってゆきました。やめてゆく先生もいました。それでも続けてゆく体育の先生は、今日はここの学校、明日は、あそこの学校と点々とまわるようになっていったそうです。けど、学区がすこしづつ体育の授業を削ってゆくと、もちろん、時給制にかわった先生は、収入が減ってゆきます。
「数年前に、はっと気がついたら、なんと体育の先生がホームレスで、車で生活していたのだよね。シリコンバレーは、パートタイムジョブの人が、なんのベネフィットもなく住むには、住居費が高いもの。時給制度になり、仕事がへってきている先生には、辛いものだったと思う。いまは、その先生がどこにいったのか、わからない。」ということでした。私は、耳を疑いました。日本で、先生が、ホームレスってあるでしょうか?たしかに、時給制度で雇われるとなると、教師として貰えるいろいろなベネフィットも切られてしまいます。
ちなみに、現在体育の授業をおこなっている多くの公立小学校では、授業を業者に委託して行っています。業者の人が車でやってきて、道具をおろし、体育の授業をし、また道具を車に戻して、そのまま帰ってゆきます。そのほうが格段、コストの削減が行われます。
このような学校では、私たちが、日本の学校に通っていたような、常に体育の先生がジャージで学内を闊歩するという姿は見当りません。子供のころ、学内で、友達数人で、ふざけてイタズラをしていても、ジャージ姿が遠くでみえると、「ヤバっ!体育の先生だ!」とあわてて、いたずらをやめていたあの時代が懐かしくなりました。
では、体育、音楽がないのに、なぜ日本人のみなさんが、そのままCupertinoに住まれるのでしょうか?これはどうもこのSTARテストの結果にあるようです。
http://star.cde.ca.gov/
このSTRAテストは、カリフォルニア統一テストのことで、小学2年から始まり、高校まであります。この統一テストにより、カリフォルニアは、スコアーが高い学校に多くの予算を出します。
ですので、高いスコアーを保ち続ける学校は、必然的に学校設備などがよくなります。
Cupertinoの学校は、たしかに高いスコアーが多く、中には、学校予算で、アフタースクールのプログラムにプライベートの塾と提携して、学内に塾を開講している学校もあるほどです。STARテストで、好成績をあげる学校の中には、テストに備えて、前もって授業の時間を裂いて、STARテストの練習問題をさせるほどです。うちの子供が通う中学はクパティーノ学区の隣に位置します。学校自体はのんびりとしていて、テスト前になにかするということはありませんが、STARテストの前には、神経質になる先生もいるようです。
テスト前行った通常授業で、生徒の飲み込みがイマイチ悪かったそうです。すると、一人の先生が授業中にとりみだしてしまい、
「あなたたち、私を辞めさせる気なの?こんなのでSTARテストはどうする気なの?」と興奮して叫んだ。ということがありました。
STRAテストの結果が直接子供たちに影響することはないので、我が子の通う学校の生徒はのんびりしたものです。
ではSTARテストのスコアーの高い学校に通えば、100%すべての生徒が力を発揮できるか?というとまた別問題のようです。
クパティーノの学校から隣の学区へ引っ越ししたある子供さんは、クパティーノの学校にいたころは、勉強のスコアーだけで、自分のすべてを語られた気がして、そこには、一人一人の勉強以外の希望などが通りにくいという壁があった。
まわりの大人たちも僕自身よりも僕の成績にのみ興味があり、常に自分にプレッシャーが多く与えられ、酸欠だった気がする。今の学校に移ってみて、成績もどんどんあがってきているし、勉強がこんなに楽しいものだったのだ、ということがわかって、大満足。
前の学校にいたときの僕は、「勉強がおもしろい」ということを知ることはできなかった。
ということを話してくれました。
また別の日本人の子供さんは、クパティーノから隣の学区の中学校へと、かわってみたら、授業形態がまったく異なり、自分で考えておこなうことに力を置くその学校で、自分の力をフルにだしきっている子供さんもいます。彼は、友達とサイエンスプロジェクトに力をいれました。サイエンスコンテストに参加し、その結果、勝ち抜いていって、カリフォルニアで優勝、全米で、2位に輝いたという日本人の子供さんもいます。彼の功績は、サンノゼマーキュリーニュースでも2回にわたり、3面ものスペースを裂いて取り上げています。
では、他国のひとたちは、どうでしょうか?台湾で子供を持ちながらシリコンバレーに移民を考える親たちは、「シリコンバレー」という言葉より、「クパティーノ」という言葉のほうが、なじみが深いといいます。
でも、海外から、移民をしてくる子供さんは、すぐにCupertinoにすめば、レギュラークラスに入れるわけでは、ありません。英語以外の言葉で育っている子供さんは、ELDのテスト(California English Language Development Test)を受けなければなりません。
ELDとは、英語を母国語としない生徒のためのクラスです。
http://www.cde.ca.gov/ta/tg/el/
最初は、ELDのテストをして、約2年程度は、ELDのクラスで、一日をすごします。
これは、親の希望で、2年より短くすることもできます。しかし、
NYで日本から派遣されて、教育相談をなさりながら、たくさんの日本人の子供さんをみてきた臨床心理士の久保田須磨先生は言います。
「日本人の親ごさんは、はやくELDから子供を出したいと願いますが、NYで過去10年に渡り、日本人の子供さんの追跡調査をした結果、ELDを2年きっちりやった子供のほうが、成績の伸びが早いばかりでなく、あとあと子供たちは、問題に巻き込まれることなく、暮らしてゆくケースが多い。できることならELDは子供たちにきちんと受けさせて欲しい。」
ということでした。ところが、学区がELDのクラスに割く予算はとても低く、生徒たちは、何年も前から使われている教科書を使っています。なかにはぼろぼろになっている教科書もあるほど。これでは、せっかくの高い教育レベルを目指してきた親ごさんが、
早くELDからレギュラークラスに・・・と思うのも無理はない気もしてきます。
子供を持つ親にとって、子供の教育問題は、我が子が教育を終える大人になるまでの間、大きな課題です。今回、いろいろな人に話しをきいてゆくと、やはり、自分の子供にあった場所というのを見つけだせた親子ほど、関係がよく、よい伸びをしめしている気がします。親が我が子のことを知らずして、どこがいいと話すのは、主役がいない舞台の話しをきいている錯覚にさえ陥りました。最初に
「我が子を見据えて、その上で、話し合ってゆく」
これが第一歩の気がしました。
久保 由美