OracleのPeopleSoft買収のニュースが今テクノロジー業界を賑わしている。Oracleと言えばシリコンバレーのEnterprise Softwareの中核的存在だが、あまたの優秀な人材を送り出すのでも有名だ。


買収関連の記事を読む度に、Oracle出身者が業界で大活躍している事が目につく。今回はシリコンバレーのOracle出身者の活躍ぶりに着眼し、この業界についてコメントをしてみる事にする。
(なお、本文はあくまでも私の個人的な見解で、会社としての見解とは全く関係ありません。)
本題に入る前に、まず筆者である私のこれまでの経歴を簡単に紹介したい。
1996年9月、スタンフォード・ビジネススクール入学の為に東京からシリコンバレーにやって来た。4社程の会社を経験して、Siebel Systems (Siebel)というCRMに特化したEnterprise Softwareの会社に勤めてもうすぐ丸三年になる。シリコンバレーでの最初の職場はSilicon Graphicsで、箱売り(サーバー)からソリューション・セリングに移行する過程における、ソリューションのパッケージング及び営業へのメッセージングの展開に携わった。キャンパスでは事務のお姉さんがローラーブレードで駆け回り、同僚の犬がウロウロしている。これぞまさにシリコンバレー、と感銘したものだ。その後、バブル絶頂期には例にもれずビジネススクールの同級生の創立者のもとで会社を起業。非効率で大きなマーケットである地元商店向けWeb ソリューション市場を誰にも先駆けて制覇する為に、社員全員週7日毎晩夜中迄働いた。夢、成功、そして富への追求は疲れを知らず、投資家・ベンチャーキャピタリスト・アドバイザー・顧客のフィードバックを受け、絶えずビジネスモデルを変更した。資金調達は各メンバーのネットワークを駆使したが、「リード投資家がいたら投資をする」と言ってくれるベンチャー・キャピタルを見つけても、誰もリードしてくれない。(今考えると、婉曲に断られていたのだとも思うが・・・。) わらにもすがる思いで、「Optical Networking」ならお金が集まりやすい、と聞いて、その分野となんとかつなげられないかと真剣に考えた事もあった。「もう少し頑張れば、、、」という希望をどこで捨てていつ諦めるか、というのはリーダーにとって一番難しい決断だという事を知った。
会社の資金と共に私の貯金も底を打ち、次は安定している業界でしばらく食べていくに困らない仕事につきたいと考え、CRM(Customer Relationship Management)業界のリーダーであるSiebelのシリコンバレー本社に就職した。ビジネス関連の社員は毎日スーツ着用義務(シリコンバレーのテクノロジー会社では唯一と言われている)、机ではものを食べてはいけない、等厳しい規則で有名な会社である。毎年トップビジネススクールから選りすぐった数十名のMBAの新卒を採用し、overachieverの競争精神をくすぐるように、一斉にスタートさせてサバイバルゲームを実施する。同期同士を競争させる日本の新入社員制度の「筋力強化版」である。実際、私のグループのメンバーもほぼ全員MBAホルダー。会社の隅々まで社員は皆規律正しく、トップの指示に従う。「お客様第一」を社内スローガンとして掲げ、セールスサミットでは、エベレストでの遭難から奇跡的に生還した人を呼んでスピーチをしてもらう。「生き残る為には何でもする、という意気込みでお客様に尽くせ」という事だ。迫力のある徹底した経営ぶりである。そんなSiebelで、「シリコンバレー」イコール「自由奔放」ではない事を知った。CRMを含むEnterprise Softwareはお客様のミッション・クリティカルな基幹システムを提供し、かなり多額な投資を要求する。そういう商売をするには規律が不可欠なのだ。Siebelのカルチャーはトップで創設者であるTom Siebelの影響が大きい。彼は今世間をにぎわしているOracleの出身者だ。TomとOracleのLarry Ellisonが仲が悪いのは有名な話で、プレスでも絶えずお互いの会社をたたきあっている。毒舌で有名なLarryが”Siebel [社] will vanish”と公言したのはつい最近の事である。
それにしても、伸びている会社というのは、新しい製品を世の中に生み出すばかりでなく、優秀な人材を世の中に送り出す傾向がある。成功体験は優秀な人材のスキルをさらに伸ばすらしい。(JTPAの渡辺さんのblog参照(http://blog.neoteny.com/chika/archives/003842.html))Oracleがそのよい例で、シリコンバレーのEnterprise Software業界で多くのリーダーを生み出している。CRM業界だけ見ても大勢いる。Tom Siebelの他にも、PeopleSoftのトップのCraig Conway、CRMのASPで成長中のSalesforce.comのMarc Benioffも皆Oracle出身者である。
というわけで、OracleのPeopleSoft買収はCraig Conwayにとっては「出戻り」になってしまうわけだ。
PeopleSoftは1987年に創業以来、人事の基幹システムを開拓。創設者のDave Duffieldは社員の皆に愛され、Dadという愛称で慕われ、自由奔放なカルチャーを育んだ。しかし会社が1990年後半にかけて危機に陥ったところで、新しくCEOとして迎え入れられたConwayが見事なる復活を見せる。Conwayはまず、PeopleSoftに厳しい規律を導入したことで有名だ。彼がもたらした改革は、PeopleSoftのそれまでのカルチャーを大きく変え、その過程で辞めていく人間も少なくなかったという。先日長年PeopleSoftに勤める知り合いと話をしていたら、彼女は
「今はもう前とは全然違う会社ね。数年前だったら私は毎日ジーンズだったけど、今ではビジネスカジュアルだし、こういう小さな事でもずいぶん違って来るものよ。」
と言っていた。
PeopleSoftでは、人事システムに加え、中堅どころのCRM会社だったVantive等の買収を通してCRM業界の知識と顧客ベースを手に入れ、今ではCRMも事業の柱としている。トップが変わる事でここまで会社が変わるのか、と競合ながら見事な復活ぶりに感心せざるを得ない。
CRM市場をASPモデルで攻めるsalesforce.comのトップのMarc BenioffももとOracleである。salesforce.comはマーケティングにたけており、つい最近も”No Software, No Siebel”(salesforce.comはASPなので、ソフトウェアを導入する必要がない。対して、Siebelでは複雑なソフトウェア導入が必要。そこで、「ソフトも要らない、Siebelもいらない」と言っているのである。)というコピーを利用したキャンペーンを実施していた。Larryも一時はsalesforce.comのボードメンバー、彼が抜けた後の席を埋めたCraig RamseyもやはりOracle出身者で、かつSiebelの初期のVP of Salesである。一旦ある業界で経験を積むとその道の専門家として生きる人が多いとはいえ、もとOracle出身のexecutiveが業界のリーダーシップを席巻している様はちょっと異様ですらある。
もと同僚、もと上司,もと部下が競合として健全な競争(多少トップ同士の個人的趣向が入っているような気もしないではないが)を行う。また、トップだけでなく中堅で活躍する人材も非常に流動性がある。私の仲間をみても、Salesforce.comで働く友人も、Siebelに勤める友人もOracle経験者だ。とはいうものの、ちょっと微妙なのが、関係のある職歴は歓迎されるが、job hopping(職を転々と移り変わる)は嫌がられること。「石の上にも3年」はシリコンバレーでも適用されるのである。その中で、当たり前ではあるが、将来的に誰とどういう形で一緒に仕事をする事になっても良いよう、誰に対してでもプロフェッショナリズムをもって接する事が要求される。
Oracleに続いて「金の卵」を産む会社は?
どの会社でもそうだと思うが、新しいビジネスアイディアに挑戦したり、他社に転職する同僚が次々とSiebelを去って行く。私としては5年後、10年後には是非Siebel出身者がいろいろな形で活躍し、次世代のリーダーになっていく事を期待するが、こればかりは箱を開けて見ないとわからない。Siebelで働いていた事がBadge of Honorとなる事を祈り、しばらくは身を削って働く事になりそうだ。