「MBAはネットワークを手に入れるために取るものだ」とよく言うが、実際「ネットワーク」というものの実態は何で、それはどんな風に役に立つのか。


まずその前に、学校の雰囲気について。
スタンフォードのビジネススクールは「楽しく和気あいあいと楽しいところで、パーティーとアウトドアスポーツに明け暮れる」というイメージで知られるところ。それには、「他の生徒を蹴落としてまでいい成績をとる」というインセンティブが働かないよう、注意深く制度があることが大きい。例えば「成績を就職先に公開しない」というリシーがある。「就活動の際には成績表を提出、それを考慮して採用を決定する」というのが一般的だが、スタンフォードでは、キャンパスで行われる採用面接では企業側は面接相手の成績を聞いてはならないのがルール。
さらに、絶対評価のため、全員が落第しない授業も多い。(ハーバードのビジネススクールでは相対評価で、必ず誰かがその科目で落第点を取るようになっており、落第科目が一定数溜まると放校処分という制度らしい。大変そうだ。)これ以外にも、こまごまといろいろな方策が採られていて、闘争心むき出しにならないようになっている。
とはいうものの、世間の評判ほど能天気なところでもない。「隣のヤツに打ち勝とう」という人は少ないものの、「少なくとも回りに比べて恥ずかしくないレベルにあることを証明しよう」というプレッシャーは確実に存在するからだ。特に最初の数ヶ月間は緊迫した感じ。偉そうな口調で授業中に発言するクラスメートを近くで見ると、実は手が震えていたりする。
また、試験前だけ集中すればやり過ごせるほど楽なスケジュールでもない。1学期が2ヶ月ほどしかないため、授業が始まるや否や中間試験まで1ヶ月もないという、常に「フル稼働状態」なのに加え、授業の準備やこなすべきプロジェクトは莫大にあって、いつでも締め切りに追われる人気作家のような状態である。
また、競争より協力を推進するポリシーで抑えられているとは言うものの、元は闘争心(よくいえば「向上心」でもあるが・・・・)の高い人たちを集めたところでもあり、穏やかそうな表面の影に密かにテンションが存在する。例えば、多くの人がその本性を明らかにするのがスポーツ。大学を出てしばらく社会人をしている間に体がなまっているにもかかわらず、20そこそこのつもりでついムキになる人が多い。骨折か何かして松葉杖をついたり、腕をギブスで固めたりした人を結構見かける。(スキーシーズンの冬場はそういう人が常に複数いる。)バスケが上手いクラスメートの一人は、ビジネススクールのチームでバスケをするのは怖い、ともらしていた。スキルが高くないのに、真剣にぶつかってくるから、怪我をしそうだ、と。
一方で、「ガリガリ勉強してます」というイメージは避けたいし、せっかく気候の良いカリフォルニアにいるんだから、屋外バレーボールもしたいし、ゴルフもしたい。週末にはクラスメートの誰かが主催するパーティーが必ずといっていいほどあるが、それに顔も出したいし、毎週金曜の夕方、学校で行われるビールとスナックの屋外パーティーにはちょっと顔を出して、その後友達と食事をしに行ったりもしたい。。。。という「Socialization Pressure」もある。
このsocializationの方はもちろん参加するしないは本人の自由。しかし、「ビジネススクールは人脈を作るところ」と思ってきている人も多く、そのためにはいろいろな人とより深く知り合うチャンスは重要。前回(https://www.jtpa.org/siliconvalley/news/column/20030601/)述べたように、学生にとってはビジネススクールの2年間はその学費の高さから、気合の入った投資なので、socializationですら思わず一生懸命になってしまうのかもしれない。
それに、当たり前だが、多くのsocialization eventは、実際それをしている間は楽しいので、ついつい欲張ってあれこれやってしまう。かように、1週間7日間、なんだか朝から晩まであくせくしている間に終わってしまうのがビジネススクールの暮らし。楽しいが、時間に追われればやっぱりストレスにもなる。
「現実の仕事というのは、必ずこなしきれないだけの課題に囲まれ、それをサバイブしていくのが重要。ビジネススクールはそのシュミレーションとして、絶対にこなしきれない量の課題を与える」といわれることがあるが、さもありなん。
というわけで、こうした緩急双方のプレッシャーの中での密度の濃い日々を2年間共にした仲間とは、ちょっとした戦友的な結束が生まれるわけで、それがビジネススクールのネットワークの強さに結びついてもいる。
ということで、ここからが本題の「ネットワーク」について。
1)在学中に知り合う友達とのネットワーク。
学校で知り合った友人の輪。同級生、1年重なる一つ上か一つ下の代、加えて学校のスタッフやファカルティなど。何か分からないことがあるときに気軽に聞ける。もちろん、よりビジネス的「ネットワーク」としても活用可能ではある。転職活動で紹介を依頼したり、見込み顧客への仲介を頼んだり、といったこと。しかし、こういう「ビジネス的ギブアンドテイク」をあまり前面に出すと、友達としてはイマイチ付き合いづらくなるので要注意。
(なお、当地でnetworkingと言った場合、それはビジネスで役に立つ人脈を指す。友達づきあいはnetworkingとは言わない。今すぐ仕事にならなくてもよいが、いつか何かで仕事に役に立つことを目指して構築していくのがnetwork。)
2)卒業後に知り合う同窓生とのネットワーク
同級生以外でも、いろいろな年代の卒業生同士がネットワークを築けるようにと、オンライン・オフラインでいろいろな仕掛けがある。まずオンラインでは、こんな感じ。
■メーリングリスト
ハイテク、バイオ、など業界別から、卒業年次別、ベイエリアなど地域別のものなど、数十のリストがあって、卒業生であればどれでも登録可能。求人情報もあって、毎週何十個かの求人情報をまとめたものが送られてくる。
■卒業生のデータベース
名前、住所、勤務先、卒業年次などが詳細に入った卒業生のデータベースを学校が管理している。卒業生であればインターネットでログインしてアクセス可能。どんなデータをインプットし、そのどの部分を公開するかは本人の自由だが、多くの人が結構細かいデータを入れている。私は、企業間アライアンスのサポートという仕事上、知らない会社に連絡してアポを取る、ということがとても多いのだが、このデータベースが役に立ったことが何度もある。時価総額数千億円の大手公開企業のSVP(上級副社長、と訳される。要はかなりトップに近い人。)にメールを出したときは、本人から電話で返事をすぐもらえた。あるときなど、1967年の卒業生という人に恐る恐るメールを出したのだが、(この人は、私がコンタクトしたいと思っている会社の投資家でボードメンバーだった)ちゃんとすぐ返事が返ってきて驚いた。紹介があるとないとでは、随分アクセスの容易さが違うので、連絡を取りたい会社の名前で検索して誰かの名前が出てくると、かなりうれしい。
■卒業生が推奨するベイエリア・サービスプロバイダリスト
これは、とある卒業生が気合を入れて作ってくれているもので、学校のオフィシャルなものではないのだが役に立つ。ベイエリアに住む卒業生が、自分が利用するサービスプロバイダでよいと思う人や会社に関して、名前や連絡先、簡単な推薦文を申告、それを一覧表にして送ってくれる。(推薦できる先を提出した人だけが受け取れるようになっている。)内容は、会計士、弁護士から自動車修理、引越し屋、インテリアデザイナー、美容師まで多種多様。今年のリスには総計732の薦があった。リストには推薦者の名前も載っているので、予めより詳しく話を聞くこともできる。アメリカという国は困ったことに人間の能力の個人差が非常に大きい。自分の住所を間違えて記入するような弁護士、口座の開設の仕方もきちんと把握していない銀行員など、頭を抱えるようなサービスプロバイダーがたくさんいるので、こういうリストが役に立つのである。
オフラインでは、いろいろなイベントがある。学校がオフィシャルに運営しているものとしては、数年に一回行われるフォーマルな行事であるreunionに加え、卒業生を対象としたキャリア関係のセミナーなどがこまごまと常時行われている。また、卒業生同士で集まって運営している失業者の勉強会もある。(私は行ったことがないのだが、毎週何時間も必ずミーティングをし、求人情報を交換したり、相互にresumeを添削しあうなど、かなり濃厚なものだそうだ)
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スタンフォードMBAの4割以上はベイエリアに住んでいるため、多くのイベントはスタンフォードか、そうでなくともベイエリアのどこかで行われる。私は卒業後いったん日本に戻って、数年してからまたベイエリアに来たのだが、ネットワークの活用という意味では、こちらに来てからの方が数段密度が濃い。
しかし、卒業生のネットワークがベイエリアに集中しているというのは、スタンフォードが抱える困った問題でもある。「地元の人たちだけがよく知っている地方の学校」になってしまう危険がある上、ネットワークに広がりが出ないからだ。グローバルに卒業生が散らばるハーバードと比較し、これではいけないと、スタンフォードのファカルティーが集まって対策会議を開いたこともあったと聞いた。しかしその会議の結論は「みんなこの辺に残りたい気持ちはよくわかるから、もはや手の打ちようがない。諦めよう」という気の抜けたものだったそうだ。
スタンフォードMBAがベイエリアに集中しているのを最初に実感したのが、在学中のクラスプロジェクトで「ごく普通の中産階級の人たち」にアンケート調査をしようとした時だった。プロジェクトチームメンバーで考えて、安いので有名な洗車場とか、Safewayとか、Tower Recordとか、そういう「普通の人」が集まりそうなところに出向いていって聞き取り調査をしたのだが、全然「普通の人」に出会えずショックを受ける。(Tower Recordからビニール袋を提げて出てきたTシャツ・短パンにビーチサンダルのおにいちゃんが「家のインターネット回線はT1引いてるんだ」とか。TIとは企業向けの専用線で、当時毎月何千ドルもしたはず。)それにも増して印象的だったのは「ビジネススクールのプロジェクトで、、」と説明すると、何人もの人が「ああ、僕も卒業生だよ」と言ってきたこと。格安洗車場だろうが、Safewayだろうが、ベイエリアでは犬も歩けばスタンフォードMBAに当たるのである。
というわけで、卒業生がザクザクいるベイエリアでは、スタンフォードMBAのネットワークも強力ですばらしいのだが、一方で希少性に欠けるという大いなる問題を密かに抱えてもいるのであった。