日時: 2003年 9月30日 火曜日 18:00 — 21:00
会場: Global Catalyst Partners
255 Shoreline Drive Suite520
Redwood Shores, CA <Direction>
Lehman BrothersやMerrill Lynchなどのインベストメントバンクで、15年間ハイテク企業のM&Aを手がけ、現在Tomon Partnersを設立してファイナンスの世界でご活躍されている東恵美子氏をお招きし、ハイテク企業におけるファイナンシャルプロフェッショナルの役割と、経営に及ぼす影響についてお話を伺いました。約50名の方にお集まりいただきました。
今回のセミナーレポートは、audienceの中からボランティアで小山龍介さんが書いてくださいました。内容の濃いレポートとなっておりますので、ぜひご覧下さい。


東恵美子氏は、ICU卒業後、日本でモービル石油に就職。その後、McKinseyでコンサルティングに携わる。ハーバードビジネススクール(HBS)でMBAを取得した後、Lehman Brothersにてインベストメントバンカーとしてのキャリアをスタート。以後、数々のM&Aを成功に導いている。
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今回のセミナーは、東氏とモデレータの大澤氏(Global Catalyst Partners)の対話形式で進められた。 まず初めに東氏のキャリアについて、体験談を交えてお話いただき、 次にUSテクノロジー業界のM&Aについての話題に話が移った。最後にこれら2つのトピックを踏まえて、日本企業のM&Aに関する提言と「リスクをとる」というコンセプトについてお話を伺った。
■リスクをとる投資銀行へ
当時、15人程度の規模のMcKinseyでコンサルティングに携わる。その後、HBS在学中にサマーインターンをMorgan Stanleyで経験し、コンサルティングとインベストメントバンクの違いを実感。コンサルティングでは、現状の分析力と提案が重視され、実行、評価の一連のプロセスのリスクを負うことのない立場でクライアントと関わる。一方、Morgan Stanleyでインベストメントバンカーとして体験したビジネスへの関わり方、案件をクローズするまでリターンが得られるか分からないリスクを自分が負うという点に、やりがい・面白さを感じた。
Lehman Brothersは、私が入った1985年当時、日本に支店もなく小さな営業所がある程度の規模であった。その時はまだ、やがては日本で働くと思っており、そうなれば日本のオペレーションが小さくて、自分の活躍が会社業績に大きく反映する会社で働く方が魅力的だと感じたことに加え、ニューヨークで働きたいというミーハー心もあり、この会社を選ぶ。最初は1年ごとに投資銀行部門内の部をローテーションし、3年目で日本の企業投資家向けの金融商品の作成、販売を行うようになった。その頃、日本の金融界では融資資金が余っており、ロックフェラービルの買収などに代表されるように、アメリカへの投資が盛んであった。
そうした日本のクライアントをうまくつかんだこともあって、3年目の若手でありながらかなりの実績を上げることができた。そのことを知った他の部署のボスから「自分のクライアントへの案件を奪った」と妬まれたりし、そういうポリティカルな一面に、嫌悪感を感じ始めた。
ちょうどそのころ、Wasserstein Perella & Co.という会社ができた。いまやブティックの投資銀行は当たり前だが、当時はまだ珍しく、ウォールストリートジャーナルの一面で「失敗するのでは?」という記事が書かれたりした。たまたま、HBS時代の友人がその会社にいたのだが、久しぶりに電話で話をしていた折、そこへ転職する話を持ちかけられた。
他の人から見れば不安定な会社ではあったが、その転職が仮に失敗に終わっても、自分のキャリアにおいてよい笑い話になるだろう、つまりよい経験になるだろうと感じ、だめもとで転職を決意した。1988年のことである。
月曜日になると創業メンバー15人が集まり、「今週、誰が何をやるか」を話し合った。経営の現場を見ることが出来たのは貴重な経験。会社の雰囲気は、50人、120人あたりで変わる。50人で一人一人の名前が把握できなくなり、次第に部門に分けて会社を組織する必要が生まれる。200人を超え、さらに各々の部門の役割・機能が分かれていく一方で、運命共同体としての意識がなくなる。1994年、私が会社を辞めたときには、250人まで社員が増えた。私が辞める際、他の創業メンバーの多くも辞めた。Bruce Wassersteinの個性が強く、彼の会社になったと感じた。
■シリコンバレーへ
その後、Merrill Lynch New Yorkを経てMerrill Lynchシリコンバレーオフィス創設メンバーに。Merrill Lynchは当時、M&A部門で10位であり、これを上げたいというvisionをもっていた。また、リテール部門から、シリコンバレーのハイテク株を扱うようにとの要請もあり、戦略的にもハイテクの投資銀行業務を強化する必要があった。私はその流れの中で、いわばマーケットの必要に応じて採用された。M&A部門での順位は、入社2年後に3位になった。
2000年までの6年間は、まさにITバブル。DSP Communicationsの買収の際、IntelのTreasurerが「当社の株は現金よりも価値がある」と豪語した。現金よりも価値のある株などありえない。結局1999年、現金で売却したが、翌年インテルの株が急落したのはご存知の通り。まさに、グリーンスパンのいう「根拠なき熱狂」である。
■インベストメントバンカーからベンチャーキャピタリストに
15年間のインベストメントバンカーとしてのキャリアで、やるべきことをやりつくしたような感があった。Merrill Lynchではドットコムは担当せず、製造業のCisco Systems、Intel、Xeroxなど大きな取引を主に担当した。現代電子によるLG半導体の買収は1999年当時、もっとも大きな取引のひとつだった。
「そろそろ新しいことを始めてもいいな?」ということを感じ始めた頃に、ダビディ・ギロから「何か一緒にやろうよ」と話を持ちかけられ、共同でベンチャーキャピタルGilo Venturesを設立。ちょうど市場が冷え始めたところであり大変な思いも経験した。
(参考:東氏の記事
2003年には、自分で東門パートナーズ(Tomon Partners, LLC)を設立。昔のクライアント、知り合いにニーズを探ったところ、プライベートエクイティ業界で比較的複雑なディールを仕掛けることにニーズがあることがわかった。あまり公にしないで自社の不採算部門、ノンコア部門を売却したいような企業を発掘して、プライベートエクイティと結びつける仕事を主に行っている。公にするとオークションのように値段が高騰するが、一対一なら売手、買手に適正な値段での取引が可能である。
■USにおけるテクノロジー業界のM&A
M&Aで一番難しいのが、マネジメントの統合だ。例えば、私が担当したA社とB社の合併では、「誰がCEOになるか」といった人事の問題で数年前に一度失敗していた。人事については、投資銀行が関与する前に決まっている場合もあるが、そうでない場合は調整が難しい。日本のようなたすきがけ人事などもってのほか。もし内部で人事を決められないのなら、むしろ外からCEOを呼んできて、潔くやるほうがよい。HPとCompaqは、フィオリーナが来てから3年後に合併した。あのタイミング以外になかっただろう。あまり長くいると組織のシガラミができてしまい、人事に温情が入ってしまう。
Ciscoは、M&Aをうまく活用していた。ほとんどのケースが成功したのは、統合(インテグレーション)のスピードの速さが理由だ。統合の責任者も明快である。CiscoではM&Aがクローズする前に、統合のための活動がすでに始まっている。調印から実際にお金が支払われるまでに通常2、3ヶ月かかるが、それを待っていることはしない。実行も、月曜日にやることを決めたら金曜日にはその結果を報告するという速さ。このスピードゆえに、統合に成功したといえる。特に重複した部門の調整人事は、早くやるべきである。M&Aとその後の統合に関する手法が、よい意味でマニュアル化されていた。
スピードの速さについて、エピソードを紹介する。買収のパーティのときにはジョン・チェンバースが、セールス責任者に「既に顧客を訪問したのか」と問いただしていた。調印して2週間しかたっていないのに、である。
ジョン・チェンバースが優れていたもうひとつの点は、技術に踊らされないということ。技術を買いに行くのではなく、既存顧客がほしがる製品、ニーズを満たす技術を持つ会社を買収のターゲットとした。これは彼のバックグランドがエンジニアではなく、セールスであることが所以と思われる。単に次世代のテクノロジーを得る目的でM&Aを行ったケースはほとんどない。そのため、私がCiscoに対し買収候補の企業リストを作成する際には、Ciscoの顧客にヒアリングを行い、それに基づいてリストを作成し提出した。
■M&A と企業文化の統合
インテルはM&Aした企業との統合に苦い経験をもつ。インテルの企業文化はあまりに強すぎて、他からの技術を受け付けないメンタリティがあることが大きな要因だろう。またマイクロプロセッサの利益があまりに大きすぎて、買収した事業が周辺事業に甘んじるしかないという状況も、理由のひとつだと考えられる。私が担当したDSP Communicationsも、日本での携帯電話部品のシェアにおいて、買収前の35%からずいぶん落ちているはず。統合に関する責任者もあいまい。
M&Aを成功させる企業は、企業文化もよく考慮している。Broadcomなどは、CEOが朝2時に会議を招集するような強烈な会社。冗談のように聞こえるが、「朝2時に会議を行っても疲労しない会社」というのが買収の条件の1つだったという話もある。
まったく違う企業文化を持つ会社をどうしても買収したい場合、買収後に自分の企業文化を説明し、気に入らない社員は会社を辞めるよう説明するくらいのことはするべきだ。
■ ベンチャーキャピタルと投資銀行によるM&A
ベンチャーキャピタルは、同じ投資案件とはいえM&Aとは異なる。乳飲み子を3歳くらいまで育てるメンタリティのイメージ。「育てる」ということに注力することが必要。しかり方に注意しないといけないし、ほめることも大切である。
一方で投資銀行のもつ付加価値は、「経験に基づく適切な判断力」だ。M&Aは既存の売上げ・資産がある組織を買うということだから、「いくらで買う?」という状況判断が成否に大きく関わってくる。コスト削減、収入拡大の機会などを冷静に分析、M&Aでどういう収入の拡大が見込めるか、コストダウンできる部分はどこかなどを考える。アメリカではEPS(一株あたりの収益)が重要で、EPSがあがり続けない限り、株価が維持できない。M&AでEPSを上げることの出来る適切な値段を考える。また、ファイナンス関連以外でも、たとえば技術ベンチャーであれば、肝となる技術の開示の手順をアドバイスする。技術の開示はその会社にとって非常に重要なので、最後の核心部分はM&A合意後に開示する等の方法をとることもある。
ちなみに、M&A案件は投資銀行が提案する場合もあるが、CEO同士が意気投合して決まる場合もある。HPとコンパックは後者の例だと聞いている。投資銀行が主催する、業界ごとのカンファレンス(投資家への説明会)などで話が始まるケースが多い。その後の最初の打ち合わせは、投資銀行で行うと目立ちすぎるため、法律事務所の会議室を使うことが多い。レストラン、空港のプライベートルームなども利用される。
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■日本企業のM&Aに対する印象と「リスクをとる」ことについて
技術を自社で作るのか、外から買うのか?という選択肢があるときに、日本企業は、自社で作る傾向が高いように思われる。企業は、“time to market” いち早く売れるものが欲しい時に、それを手に入れる手段をドライな視点で考えることも必要ではないか?
また日本の社員はリスクをとる訓練を受ける機会が少ない。例えば、予算の申請について、日本ではトップダウンで決定されると聞いたことがある。アメリカではボトムアップであり、申請した予算への責任が予算を申請した者に求められる。もちろん失敗することもある。しかしこの小さな経験の積み重ねを通してリスクをとる訓練を受けていく。
日本でM&Aが会社のトップ以外の決断で行われないのは「リスクをとる訓練」が少ないせいもあると思われる。Ciscoでは、M&A案件はボトムアップであがってくる。日本企業では、社員はそういうリスクをとりたがらない。例えば、自分の部が2年間取り組んだ研究と他社の技術を客観的に比較して、他社の技術が、自社のビジネスにおいて費用対効果の面で有益ならば、それをトップにレポートするという文化、人事がUSの企業にはある。
日本企業がM&Aを成功させるためには、うまくM&Aをより活用するためのノウハウを身につける必要がある。以下にいくつか例をあげる。
例えば日本企業で、M&A後のマネジメントがうまくいかないケース。日本人CEOを就任させたがる、マイクロマネジメント(細かいところまで管理する)などの傾向がある。これは、合併した双方の組織の間で信頼関係が築けていないのが一因。私の知る韓国企業は、買収した企業Aがされた側の企業Bに対し、ゴールと経営の評価軸を細かく設定・合意した上で、企業Bの経営陣に経営を任せている。この方法は上手く機能した。
日本企業による、既存の商品の新しい販売ルート確立のためのM&Aは成功する例があるが、まったくの新規事業の買収は困難を伴うケースが多い。また技術を買い取る場合、自社のR&D部門との軋轢もある。そのため、自社開発に拘りがちである。この場合の失敗の理由は、技術評価の能力の欠如、マネジメント能力の欠如があげられると思う。
■ リスクをとるときに考えるべきこと
個人としてリスクをとる場合、例えば転職や何か新しいプランを提案するような場合、プランAとプランBを考えて、ある時点で失敗したときに次にとれるオプションを考えておくことが必要。周到なプランを準備する、論理的に考え分析するという宿題に自身で取り組むこと、また縦・横に根回しすること、緻密さ、様々な人にアプローチすることも大切である。論理的に相手に自分の言いたいことを伝えること、コミュニケーション能力も成否に大きく関わってくる。さらに、会社にも関わるリスクをとる場合には、そのリスクをとることにより会社がどうなるのか?社長になったつもりで考え抜く必要がある。
(文責・小山龍介)
参加者からのフィードバックとアンケート結果
出席者の方々に書いて頂いたアンケートの集計結果です。
セミナーに対する満足度 (35名解答)
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テーマについて (35名解答)
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本日のセミナーで良かった点・役立った点(フリーアンサー)
– 会議室のレイアウト・Speakerと同じテーブルに集まっていたため、親近感・一体感が増した 3名
– 対話形式 5名
– トピック 14名
 M&Aの話をLiveで聞けたこと 2名
 M&Aに関する洞察 2名
 Silicon ValleyのInvestment Bankの話は新鮮(大半はNY baseのものなので) 1名
 自分にはないバックグラウンドのトピックでよかった 1名
 投資とリスクというコンセプトはあらゆるところで役立つもの1名
 生の経験談を含む講師の方の話が興味深い1名
 仕事に役立つ 8名
– 会場 2名
– 食事 7名
– 幹事さんご苦労様でした1名
本日のセミナーで改善すべきと思われた点(フリーアンサー)
– Agendaがあったほうが、話の着地点が見えるので聞き手として頭の準備ができるのでよい 1名
– 質疑応答の時間が短い 2名
– もう少しセミナートピックにFocusしてほしかった 1名
– 飲み物でお茶があるとよかった 1名
– 会場 2名
– 会場に遅れて中に入れなかった 1名
今後のセミナーに対する要望(フリーアンサー)
– ベンチャー企業に関わる話
– ベンチャーキャピタルの話
– 自己紹介の時間を設けてほしい
– 如何にアメリカへ来て働くきっかけを作るか#特に社内異動以外
– 今回のセミナーに関連して、Buyout-fundの経験者のお話
– 経験に基づく話
– 日米のテクノロジー企業のcollaborationの状況
その他のご感想・コメント・今日のセミナーを聞いて新たに興味をもったこと
– Very good
– マネジメントの役割
– M&AはFinanceだけの知識では太刀打ちできない奥の深いものだということがわかった
– 今後も継続して参加したい
– 現場の生の声を聞くことは何よりもいい情報
– 視野が広がった
– 普段技術のことしか考えていないために見えてこないもっと大きな流れが垣間みえた、今後のためになる
– コーポレートガバナンスについて勉強したい
上記は、フリーアンサーの回答をカテゴライズしたものです。
■ 参加者の情報
ご職業 (35名解答)
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現在の立場 (34名解答:複数回答の方あり)
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総評:
ネットワーキングの時間、機会をより多く求めている参加者が多いことが印象的。ネットワーキングのしやすい会場レイアウト、進行、食事のスタイルなど、改善の余地があると思います。
バイオ・ハイテックの間で自分と異なる分野への関心がうすい方もいればそうでない方もいるようです。
inspirationalなトピック、スピーカーを希望する方もいれば、より具体的、practicalな話に興味がある方もいらっしゃいます。
アンケートにご協力いただいた皆様、ありがとうございました。
JTPA Seminar Coordination担当 安藤 知華