大手銀行員からベンチャー企業の世界に飛び込まれた西川さんからは、シリコンバレーのベンチャーと取り巻く環境の違い等を分かり易く教えていただきました。また、実際にベンチャーを始めた際の苦労話などの貴重な体験談もお聞きする事ができました。(インタビュー日:2002年6月14日)
プロファイル
慶應義塾大学経済学部を卒業後、日本興業銀行に入行。『新しい事業をどう立ち上げるのか』に興味を持ち、興銀より派遣されスタンフォード大学に留学。帰国後は、M&A等を扱うようになる。その後興銀を退職し、NuCORE Technology Inc.の創業に参画、現在同社 のVice Presidentをつとめる。
- http://www.nucoretech.com
インタビュー
Q: スタンフォード大学へ留学されたことについてお話していただけますか?
A: 私が入行した頃は、バブルの時期でした。そのときに、銀行の新規業務の立ち上げを色々見ていくなかで、新しい事業を興し、如何に成功に導くかに非常に興味が湧いたのです。そこでスタンフォード大学の留学を申し出ました。92年のことです。
卒業したのは94年で、ちょうどその頃、ネットスケープ社の創業に象徴されるドット・コムの始まりの時期で、周りのクラスメートの何人もが、まだ名も知らない会社へ就職していきました。私は企業派遣で留学していましたので、当時は銀行に戻り勉強した内容を生かし活躍することを目指し帰国しました。
Q: 日本に帰国して何か感じたことはありましたか。また、再びアメリカに来られたのはなぜですか?
A: 私が帰った頃の日本は、ちょうど景気が目に見えて悪くなってきた時期でした。また特にハイテク新興企業の成功例が輩出されなくなって久しい現実がありました。自分が垣間見た、どんどん新興会社が立ち上がり、著名企業に成長していくシリコンバレーの土壌とは何か違うと感じました。何かしら仕組み的なものが違うのではないかと考えたのです。その仕組みを深く知るには、投資サイドやコンサルティングサイドにいては分からない部分も多いのではないか、自らが会社を立ち上げる現場に入って見る必要があるのではないかと思い、シリコンバレーに、また来たのです。
Q: 会社設立の頃のお話を聞かせてください。
A: 最初は渡辺の家の隅っこを事務所にしていました。二人で投資家をまわって事業計画書のプレゼン、事業、技術の説明を行い、事業資金を募りました。渡辺を中心としたエンジニアリングのチームが強かったことが幸いし、資金も集まり、製品も完成し、また製品が世の中に出まわって現在にいたる、という感じですね。今は60人ぐらいの会社になっています。
Q: アメリカのビジネスモデルは最高といた風潮が世間の一部にあるような気がしますが、西川さんはどのようにお考えですか?
A: アメリカの経営モデル万能論は極端だと思います。たかだか12〜3年程前までは、日本企業の研究がアメリカで盛んにされていたのですから。しかも、シリコンバレーはアメリカの中でも特殊であると思います。シリコンバレーでは、ゴールドラッシュのカルチャーの流れを受け継いだアンチ・エスタブリッシュメントの良い作用が働いているという側面があるでしょうね。
将来性のある事業を評価し、人材、お金という限りある資源をいかにして最適に配分していくかを各個人が考えている点においては、日本もシリコンバレーも同じであると思います。エンジニアリングに関しては日本の技術は高いと思いますし。
ただ、現実に今のパラダイムの中では、シリコンバレーのビジネスモデルのほうが成功している「結果」を出している点に関して異論のある人はいないでしょう。ならば、学ぶべき点は多として学ぶ姿勢は重要です。特に有望な技術をいかに成功ビジネスにプロデュースするかという、生態系とも言える仕組みが、日本ともアメリカの他の地域とも違っていることは確かで、注目すべきポイントと思います。
Q: その『生態系』について詳しく教えていただけますか。
A: よく、シリコンバレーでは、VC、弁護士、会計士といったサポート側の量・質共に日本とギャップがあるといわれますし、よく研究されている部分です。しかし、こういった議論の中で欠けていると私が感じるのは、実際にベンチャーを立ち上げる人の層はどうなのか、ということです。この点にも日本とはかなりギャップがあると思います。こちらで事業をする人も、日本で事業を行う人も所詮は同じ人間です。そんなに差があるわけではないと思います。違うのは、事業を行う人が学習を行える環境と経験値ではないでしょうか。
Q: 学習を行う環境とはなんでしょうか?
A: 会社を運営するとは、何かを開発するという面と、経営を行うという面があります。その、経営とは何かと簡単に言えば、動いている環境の中で、自分を取り巻く多様な情報を分析し、判断し、意思決定することです。しかし、全ての情報が手に入るまで状況判断を待って、行動を控えていたのでは何もできません。不十分な情報を基に正しい判断ができるかどうかというのは、経験が関係してくると思います。これは訓練が必要です。年功序列社会の中で、やっと意思決定をする立場に立つようになった人と、若いときから意思決定をするポジションにいた人では、経験値が違ってくるのは当然でしょう。シリコンバレーではそういう訓練を受けられるような場が多くあるということで、学習環境が日本とは違うと思います。
また、もう一つ日本との違いは、ここでは失敗を経験として扱ってくれるということです。正当な理由での失敗ならば、投資家達も認めてくれます。失敗の繰り返しによって成功の確率が高くなると考えているのが普通なのです。
Q: 優秀な人材を育成する環境が整っている他に、日本とは違った点はあるのでしょうか?
A: ビジネスにおいて忘れてはならない事に、作ったモノ・サービスを買ってもらうということがあります。シリコンバレーにおいて重要なのは、もちろんベンチャー企業を興す人がいるということもありますが、ベンチャー企業から製品を買ってくれる、もしくはベンチャーとうまく付き合うすべを熟知している大企業の存在が欠かせません。この大企業の存在は非常に大きい。
Q: それはなぜだと思われますか?
A: 大企業がベンチャー企業を評価するのは、ベンチャー企業と大企業との間の密接な人的な繋がりがあるからだと思います。大企業で成功した人がベンチャー企業をはじめることが多い、またM&A等を通じて大企業にもベンチャー経験者が大勢いることが背景にあります。シスコなんかが良い例ですよね。ベンチャー企業が持つ技術はもちろん重要ですが、ベンチャー企業をやっている人が元同僚や上司だったりすることで、その質を評価・信用できるという面があります。そういうこともあって、先端技術分野で大企業−ベンチャー間のビジネスは活発で、製品購入、提携、アウトソーシング、M&Aと多岐にわたっているわけです。その点、日本での大企業のベンチャー企業と付き合うノウハウとギャップはあるのでしょう。
Q: 長期的なスパンで考える研究等はどうなっているのでしょうか?
A: 大学の研究室や大企業の果たす役割が大きいと思います。大学の研究室や、そこにプールされている人材の存在は大きいですよ。一方、ご存知のように大学の先生や研究室がそのまま新規技術を事業化しようと会社を興す例も多いです。産学連携がうまくいっているという事が大きいのではないでしょうか。
Q: ベンチャー企業を興す人は、一度大企業に入る人が多いのですね?
A: そうだと思います。シリコンバレーというとベンチャー企業が注目されがちですけど、大企業で得られる経験は非常に大切です。特にベンチャー企業では即戦力が必要ですから、大企業でビジネスや製品開発に直結した経験を積み、人脈を作った人に対する需要は大きいです。
Q: 大企業に入るのは、そこで一生過ごすつもりではないということですか?
A: 日本では、いまだに『入社』という感覚が多いかと思いますが、米国では皆『就職』するという感覚です。自分の責任範囲が決まっているので、自分が大学で学んだ経験をそのまま生かそうとしているという感じがします。スペシャリスト志向が強い感じです。しかし、それは逆にいえば、会社や開発プロジェクトの全体像を見られるジェネラリストが少ないということです。どちらがいいとは言い切れないと思います。
Q: シリコンバレーに来てよかったこと、また、ベンチャー設立を通じて得たことはありますか?
A: こちらで会社の立ち上げを通じて学んだことは、その実体験に基づいて今後もベンチャー企業経営に携わる中で大きく生かすことができることだと思います。自分の現在のキャリアステージで多様な経営局面で意思決定を下す、生きた経験・訓練を得られたことは貴重で、とても感謝しているところです。また将来、投資の世界に関わることがあれば、実際のベンチャーのオペーション経験をもって、一味違ったバリューアッドが出来れば嬉しいな、と思います。
インタビュアー感想 :石川 智子
ご自身は現在ベンチャー企業で働いていらっしゃるにもかかわらず、常に周りの社会経済を見据えていらっしゃる冷静な西川さんでした。大企業とベンチャー企業との関係の日米間の違いや、ベンチャー企業立ち上げにかかわる人たちの質の違いがどこから生じるのかを、分かりやすく説明してくださいました。日本の企業もベンチャー企業をもっとうまく活用してほしいと思いました。
インタビュアー感想 :池田 森人
シリコンバレーで実際にマネージメントをなさっている、西川さんのお話に非常に重みを感じました。またCTOの渡辺さんにお会いする前から、日本の会社を辞めてシリコンバレーに来られた、という驚異的な行動力は、私も学んでいくべきだと感じました。
インタビュアー感想 :石戸奈々子
西川さんの冷静な現状分析に驚かされました。熱い思いと冷静さと、そのバランスに感動しました。西川さんのお話しから、日米における”働くこと”に関する意識の違いを認識させられた気がします。「入社」と「就職」と。その二つの言葉にその違いが込められていました。
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