Early stageのVCとして様々な技術やビジネスプランを評価している大澤さんに、シリコンバレーにおける起業の現状や起業する人に求められる能力、そして日本の問題点などについて話していただきました。シリコンバレーで良いネットワークを作るのに必要な『人徳と実力』についても伺いました。(インタビュー日:2002年6月17日)

プロファイル

慶応義塾大学理工学部を卒業後、三菱商事に就職し、情報産業グループでアジア各地のbusiness developmentを行う。93年から米国パロアルト支店に異動し、投資を通じてベンチャー企業とアジアの大企業とを結ぶ業務を行い、年間数百億円のビジネス創出に貢献する。99年三菱商事を退職し、シリコンバレーの著名起業家であるKamran Elahianらと4人でベンチャーキャピタル、Global Catalyst Partners(GCP)を設立、現在Managing Principalとして投資業務を行っている。

  • http://www.gc-partners.com

インタビュー

Q: 今の会社の概要について教えて下さい。
A: シード、アーリーステージの、IT、通信関係、アプリケーションソフトウェアにフォーカスした投資を行っています。特徴はスーパーハンズオンであること。マネージメントチーム、ボードメンバーのリクルーティング、IPOのアレンジ、戦略的パートナーシップの締結などを行っています。最初のファンドは5,000万ドルでこれまで21社に投資、IRR(年利換算の投資利益率)は40%を超えています。
Q: 具体的にはどのような投資、サポートを行っているのですか?
A: 投資先のGreenfield Networks社の例でお話します。当初、シスコの社員が3人で会社を作りたいとアプローチがありました。最初のアイデアは通信のシステムだったのですが、競合の厳しい分野にアドレスしていたため、将来顧客かパートナーになるであろう企業を10社程度紹介して話を聞きに行ってもらい、製品のポジショニングについて潜在顧客のニーズを再検討したところ、違うアイデアを出してきました。半導体+ソフトウェアだったのですが、これは素晴らしいと判断して投資を決めました。

それからこのアイデアをVCに受け入れられるようなビジネスプランに仕上げ、SequoiaとWaldenといったトップクラスのVCから1,330万ドルの投資を確保しました。またシードステージのVB(ベンチャービジネス)の多くは技術者主導で起業されるケースが多いためGeneral Management能力に欠ける事が少なくありません。そこで本件では、GCPのKamranがチェアマン、同じくGCPのVijayがボードメンバーになりました。コアとなる人の能力、技術の高さは当然あったとして、更に何が必要かといったら、運営能力の高いCEOや、プロダクトマーケティングの能力を持った人材です。しかしながら、そういった人材を連れてくるには半年、1年とかかかってしまいます。

更に次のステップとしてはその技術を売る先があるか、いくらで売れるかが非常に重要になってきます。これには、製品の出る前から、将来顧客になる可能性のある企業とパートナーを組ませたりします。これで一気に投資をしようと思わせる「お金の匂い」がしてくるわけです。GCPはこれほどスーパーハンズオンにサポートを行う対価として、ファウンダーストック(創業者株)とされるコモンストックを入手します。コモンストックは非常に割安なので、その会社がうまく言った場合の利益は非常に大きなものになります。

Q: 社名にあるグローバルというのは、どの点でグローバルなのですか?
A: まず第一に、投資先を世界から探し出すことがあります。アメリカの案件は多いですが、他の地域に面白い会社があれば投資します。ただし本社はアメリカにおいて、100%子会社をそれぞれの地域に作らせます。会社経営のできる人の流動性が、圧倒的にアメリカが高いからです。それに多くのIT分野ではアメリカがトレンドセッターであることは明白です。

第二に、ネットバブル期はアメリカで売れれば良かったのですが、今では投資先ベンチャーに世界的にマーケティング活動を行わせることで地域的なリスクヘッジをしています。特に今は日本と中国といったアジアとヨーロッパでの展開に力を入れています。投資先企業の事業分野ではどこが大きなマーケットかを考え、早い時期からグローバルな事業展開を考慮しその具体化を手伝います。

Q: GCPのfounder4人とはどこで知り合ったのですか?
A: Kamranは仕事で16年位前から知っていました。Arthur SchneidermanはKamranの会社の顧問弁護士をしていたので9年来の知り合いです。Eliezer ManorはKamranがシンガポール政府のカンファレンスで知り合った人で、ファンドができる直前にKamranから紹介されました。
Q: 出資先に日本のベンチャーはありますか?
A: 1社あります。他に真面目に出資を検討した案件は2件ありますが、どちらも条件が合わなくて結局投資せず終わりました。
こちらに来て起業する日本人には、global standardに近い技術で勝負する人が多いのですが、日本国内は全く違います。去年、日本で経済産業省と一緒にビジネスプランコンペティションをアレンジしたのですが、こちらのスタンダードと比べると劣っていました。技術ベースの話が少ないのが実態でした。それとアカデミアの方からも応募が多かったのですが、アカデミアとビジネスとのブリッジができていません。「この技術はこの事業に使えば面白いかもしれないのに」というのが多かったです。「どういう顧客にどんな機能を提供するか」というプロダクトマーケティングは非常に重要で、それによって会社は全然違うものになります。しかし、日本の場合、それを見極める経験をしている人のほとんどは大企業にいます。そういう人がどんどん辞めて会社を始めるとしたら違うストーリーになろうかとは思います。そういう意味でこれからなのでしょう。例えば、NECもスピンアウトする人をサポートしようとしていますし。大企業がそうやって社員の起業を応援すれば、もっとレベルの高い人達が起業家として出てくると思います。
Q: こちらに来て起業する日本人が少ない理由は何だと思いますか?
A: こちらでは自分で会社を興して大成功するのがスーパーエリートコースです。概ね、日本のエリートコースというのは一流大学を卒業して大企業に就職することでしょうか。そこの認識の違いでしょうね。日本でスタートアップは格好良いことではないのではないですか?どんな大企業でも入れる様な優秀な人がスタートアップするというのは奇異に写りますよね?
Q: シリコンバレーでビジネスが生まれる理由で、意識の違い以外には何がありますか?
A: 多民族国家で移民が多い事がありますね。必ずしもアングロサクソンが優秀というわけではなくて、スタートアップだけ見れば中国人、インド人、イラン人、イスラエル人も多いことからわかるように、世界中から頭の良い人、商売センスがある人が集まってきています。それとここの人は考え方が自然とグローバルになっています。日本では『日本で一番になるには』と考えますよね。ここではアメリカで一番を目指すのではなくて、グローバルに一番になるにはどうすべきかと考えています。いろいろな国から来ている周囲の人に話を聞いて、事業のはじめから将来他の国で売るために必要な策をうつ。日本ではなかなかそういう発想がなくて、日本でまず一番になってからその後例えば韓国に売ろうかな、というような発想になります。また、ここでは競合もグローバルに考えているので、世界で一番良い物を作ろうと思っています。それで最終的な会社の成功の規模も全く変わってきます。
Q: スタートアップしようとする方に多い経歴を教えて下さい。
A: GCPに持ち込まれる案件で、一番多いのは大企業の人達が会社を辞めて起業するケースです。実際のビジネスも技術も競合もわかっていて、「この技術だったらビジネスとしていける」と判断できる人です。また数十人、数百人を統括していたという人ならCEOの素質があります。自分が起業した会社が大会社に買われたからまた新たに始めたいという、既にアントレプレナーとしての経験がある人もいます。

他には大学の研究者。例えばGCPの投資先のVelioという会社のファウンダーはスタンフォードの教授でした。後は研究所出身者。ただ、SUNやヤフーの例はありますが、一般的には学生からすぐスタートアップというのは割合で言ったら少ないと思います。ビジネスの経験を経てから起業というのが一般的ですね。

Q: スタートアップするのに必要な能力は何ですか?
A: GCPにも年間に千数百件の案件が持ち込まれますが、その中で投資するのは4、5件だけです。全ての案件を全部読むことはできません。カンファレンスなどで配った名刺を見て、というような飛び込みで来る人のプランは残念ながら全てには目を通せません。一方で我々が信用する人が「面白いから検討したら」というのであれば、しっかりと読む。リファレンス(紹介者)を捜し出せるというのもアントレプレナーとして成功する能力の1つです。
Q: 一般的に、起業家が良い人に会えるかどうかは運によると思うのですが、どう思いますか?
A: 全くなくはないですね。しかし、一緒に仕事をする人やメンターを見つけられることも実力のうちです。その人達を説得する能力が必要ですから。運だけではありません。

また、強い意志さえ持てば糸口は結構見つかるものです。自分の年では絶対会えないような人に会おう、と思ったら何らかのルートは探せるはずです。そのルートを探せるかどうかというのも能力ですね。さらに、1時間なり2時間なりの時間を取ってもらうために頑張らなくてはならないし、次はその1時間なり2時間の間に自分を売りこんで「もう一回会ってみたい」と思ってもらわなくてはならないわけです。運不運よりも、こういう能力が必要です。

Q: こういうのを何回か繰り返してネットワークになるのですね?
A: そうですね。仲良くなれれば、自分が起業したいときに投資してもらえるかもしれないですし、他でも何か手伝ってもらえるかもしれません。一人で全部上手くやるなんてありえない。ネットワークが一番重要です。
Q: どうすれば良いネットワークを構築できますか?
A: 漠然として分かりにくいのですが、以前勤めていた三菱商事の上司から「大澤、人徳と実力だ。」と言われたことがあります。その時は「何言っているんだこの人は?」くらいに思っただけですが、20年近くやっていると一番大切なのは結局この2つです。ようするに、客観的に評価が得られる実力を付けて、実績を残すという事です。いくら格好良い事が言えても実績がなければだめです。実績を積み重ねる事でその人のトラックレコードができる。そして実績を上げるには人脈が必要なのです。人に好かれる、認めてもらえる、可愛がってもらえる、仲間が増えていく、というのは人柄です。簡単そうですがすぐに身につくものではありません。
Q: 他に必要だと思う事は?
A: 松下幸之助の名言で「成功の秘訣は何ですか?」に対して「成功するまで止めないこと」というのがありますが、その通りだと思います。Kamranも必ず「絶対諦めるな」といいます。何かをしたい時それが箸にも棒にもかからない時でも、ちょっと違ったアングルから攻めれば一歩位は前に行ける。それでもまだ難しければ、また別のアングルからやって一歩進んでみる。何回かやっていくうちに100%無理だった事が5割位いけるかもしれません。そうやって、段々成功の可能性を高めていくのです。
Q: 将来やってみたい事は何ですか?
A: 当面はGCPに全力投球です。すぐに何か他の事をする予定は全くありませんが、長期的には日本でやりたいですね。ファンドなのか会社なのかは分かりませんが。
Q: なぜ日本なのですか?
A: やはり日本人ですし。日本でもっとアントレプレナーシップがあって良いと思います。「日本の仕組みが悪いから」では済まされない話がたくさんあるはずです。多くの人はそこで諦めて、「日本のインフラが整っていない」ということに話を帰着させますが、インフラがなくても成功している人もたくさんいます。洋服屋やレストラン、蕎麦屋といった業態もいれたらアントレプレナーは山ほどいます。ハイテクの分野ではまだ少ないだけです。日本でチャレンジする価値はあると思いますし、もし制度上問題があるなら直してglobal standardに近付けなくてはなりません。
Q: そういった意味で日本を変えていきたいと。
A: そうですね、長い目では。
Q: そう思っている人は多いですか?
A: いると思います。ここの仕組みをよく知っている人、ここで仕事をしている人は日本ももっとこう変われば良いのにと思っていると思いますよ。
Q: 日本と大きく違う一番の点はなんだと思いますか?
A: やはり人です。日本には、自分のキャリア形成をちゃんと理解して考えている人があまりいません。こちらだと「私はシスコの社員です」と自己紹介する人は少くて、「私はネットワークエンジニアで、今はシスコで働いています」というのが普通です。日本には、そういう「自己のキャリア形成のためのステップとして会社を活用する」という独立したマインドセットを持った人が少ないです。もうひとつは、アントレプレナーシップを当たり前だと思っている人が少ないということもあります。こちらでは、「アントレプレナーになるのを1つのゴールとして、自分の能力を高められる企業を選んでキャリアを形成していく」という考え方があるということが一番大きいでしょう。

昔日本でアントレプレナーシップを阻害していたのは、資本金ではなく借入金が会社運営の資金源だったことです。倒産したら資本金を返す必要はありませんが、借金は残る。だから起業には「失敗したら車も家も失って一家離散。」という悲壮感がありました。ちょっと気の利いた人だったらそんなリスクは負いません。今はVCによる投資も増えたので、「一度失敗しても、敗者復活戦もあり。」という、チャレンジしやすい環境に変わりつつあります。これは資本主義の正しいあり方なのです。ところが、まだ人の気持ちが環境変化についていっていないのですね。

Q: 学生がいきなりシリコンバレーに来てスタートアップする事はできますか?
A: シリコンバレーに限らず、ビジネスと研究にはギャップがあるので、ビジネス経験の乏しい学生の起業は易しくないでしょう。「物凄いコーチやメンターが付いて、その人がビジネスを全部やってくれて、自分は技術だけを一生懸命やって、言われた物を作ります」というのなら可能ですが。そうでなければ、どれだけ意気込みがあってもなかなか上手くいきません。成功させようと思ったら自分より優秀な人をどんどん巻き込んでいく必要があるわけですが、そのための人的なネットワークの構築や、総合的にメンターとなってくれる人を見つけられる事が重要ですね。

ただ、やはりそれはなかなか難しいので、例えばこちらでPh.D.を取得しながらいろいろな会に参加したり、ビジネススクールに行ったり、ということでまずネットワークを作って、それを基点にネットワークを広げていく方が良いでしょう。さらに、いったん就職して業界の事を理解してから起業するとか。そういうプロセスが必要です。

Q: ビジネスプランコンペティションにシーズ探しに行かれる事はありますか?
A:シーズ探しというよりは、自分を多くの将来の起業家候補の人に知ってもらう為ですね。今は駄目でも2年後、5年後に良いビジネスプランを書いてくるかもしれないですから。でも中には良いものもあります。2年前にStanfordのビジネスプランコンペティションの最終審査をしましたが、その時の優勝者には投資しても良いと思いました。純粋に技術が良かったからです。実際は他の所からもう既に1,000万ドルの投資が決まってしまっていて、うちは投資できませんでしたが。しかしやはりその時も投資に値すると思えたのは最終審査に残った30件の案の中でそこだけでした。応募総数で300件位あった中で1件だけだった。しかもStanfordのビジネスプランコンペティションは非常に真剣なものですが、それでも確率はこの程度です。ちなみにスタンフォードのコンペでは、優勝者には一千万円位の賞金が起業資金として出されます。日本でもそういう勢いがあったら面白いかもしれません。審査する側も応募する側も一生懸命になるでしょうから。
Q: こちらで多いのはテクノロジーベースのプランですか?
A: ビジネスベースのものもありますが、良いなと思えるのはそうですね。今アメリカは特にそうです。そうでないとお金が付きません。
Q: 日本のビジネスプランとこちらのとではレベル差があって、日本人はこちらのコンペティションにはいきなりは出せないという話を聞いたのですがどう思いますか?
A: Stanford大では書類審査を通過したプランには同大学出身の起業家がメンターとなり、各プランを精査・推敲し最終審査に向けて、レベルアップを図っています。ベンチャー企業のメッカに位置するStanford大においてもこの様なメンターリング・コーチング機能が、プランの質の向上に大きな役割を持っています。日本からのプランに関してもこの様なプロセスを経る必要があると思います。

インタビュアー感想 :池田森人

「人徳と実力」どちらもある意味聞きなれた言葉のようですが、大澤さんとお話をさせていただき、その2つをここまで強烈に感じさせてくれる人はいませんでした。仕事では驚異的な成果を生み出している一方、私達に対しても非常に親切にしていただき、私にとって人間性としてもロールモデルとなりました。

インタビュアー感想 :石戸奈々子

長年、大企業で勤めた後での転職。いつまでも貪欲に自分のスキルアップを目指すその向上心からは学ぶべきところが多かったです。安定した生活に埋もれることなく、自分で環境を変えられる勇気、を私もいつまでも忘れずにいたい、と感じました。