来たいと思うなら来てみよう、それが二人のメッセージであった。やりたいと思う気持ちと技術、それさえあればシリコンバレーで自分の夢を達成できる。(インタビュー日:2002年6月14日)
プロファイル
吉川 欣也
IPInfusion Vice President
1990年法政大学法学部法律学科卒。日本インベストメント・ファイナンス株式会社(現エヌ・アイ・エフ ベンチャーズ株式会社)、ニューメディア専門のシンクタンク株式会社プロトコルを経て、1995年8月に株式会社デタル・マジック・ラボ(DML)を設立。コンパック、FedEX、ファミリーマートなど大業のWEB構築を手がける。DMLの社長・会長を歴任し2001年7月退社。現在は1999年9月に米国・San Joseに設立したIPInfusion社(次世代ネットワークソフトウエア開発) のCo-founder and Vice Presidentを務める。
IPInfusion CTO
1993年北海道大学農学部卒。株式会社SRA、ネットワーク情報サービス株式会社、株式会社デジタル・マジック・ラボで、UNIX ソフトウエアの開発、インターネット経路制御の運用に関わる。JANOG(日本ネットワークオペレーターズグループ)の初代会長。フリーな経路制御ソフトウエア GNU Zebra の開発を行い、現在は1999年9月に米国・San Joseに設立したIPInfusion 社(次世代ネットワークソフトウエア開発) の CTO。
- http://www.ipinfusion.com
インタビュー
Q: 会社の概要に関してお話いただけないでしょうか?
A 1999年の秋に、我々2人+1人の、3人で設立しました。今社員は60人ほどいます。オフィスはサンノゼ、ノースキャロライナ、ボストン、ダラス、パリです。台湾にパートナーがいて、そのうち日本にも設立する予定です。そのうちエンジニアの数は3540くらい。ほとんどソフトウェアエンジニアです。ファイナンスの方はアメリカのVCを中心に、香港、日本、台湾など色々な国から出資を受けています。これまでに2040万ドルを調達したので、ひと段落して開発に専念できる状態です。製品はルーティングソフトウェアで、IPv4、IPv6のモジュールなどを提供しています。顧客企業は35社くらいで、うちアメリカが半分くらいですね。去年の2月に出荷し始めて1年3カ月くらいでこれだけの顧客ができたのは成功している方だと思います。
Q:シリコンバレーで会社をはじめる前は?
A: もともとデジタルマジックラボという会社を東京でやっていて、ウェブ開発をしていました。ファミリーマート、フェデックス、エリクソン、アップル、プリンスホテルなど、かなり大きい企業のウェブサイトのお手伝いをしていました。
Q: シリコンバレーに来ようと思ったモチベーションはどこにあったのですか?
A: とりあえず来てみよう、というのが大きいですね。シリコンバレーはハイテクのメッカですから、ここで成功してはじめて成功だと思ったので。東京の会社もうまくいっていてずっと黒字だったので、ここで失敗してもさほど失うものもなかったのです。皆が考えるほどシリアスでなく、気楽に来ました。大変な部分ももちろんありますが、失敗したからといって困るわけでもない。こちらでは,あまり日本人でベンチャーをやっている人はいないので、先駆者として手探りでもやってみたかった、というのが正直なところです。
色々な日本人の方がサポートして下さったので、そういう意味ではラッキーでした。色々な方のお手伝いがあってここまできた感じです。もちろんやる気はありましが、サポートがなければ今の状態までこられなかったと思っています。
モチベーションは、来てみないとわからないから来てみようということです。大リーグでも投げてみないと分からない、立ってみないと分からない。色々難しいという人もいるけれど、実際やってみた人はあまりいないわけです。コメンテーターはいても実際にやった人の声が少なかったですね。ハイテクできちんとシリコンバレーに会社を作っている日本人は両手で数えられるほどしかいないと思います。
Q:実際に起業している方とサポート側の観点の違いがあると思いますが、起業している側としてはどうですか?
A:やっている側は、自分たちのことで精一杯なので、人のことを気にしていられません。競争相手がたくさんいる中で残っていかないといけないですから。しかも日本と違って3−5年でエグジットを見つけないといけません。IPOするのか売るのか。いずれにせよ会社の価値をあげなければなりません。会社は商品で、やっている本人は走りっぱなし。100メートルダッシュの連続で進んでいくのがシリコンバレー。中に入るとそのスピード感は違います。
Q: 日本でビジネスしていた時とアメリカの違いはどこにありますか?
A: お金の集め方が違います。日本はVCがやさしいですね。あまり文句を言わない。でもアメリカはVCがボードメンバーとして中に入ってきて、お金も口も出すというのが普通です。投資してもらう側もそれを望んでいて、顧客の紹介などもしてもらいたいと思っています。
もう一つ、日本ではベンチャーの経営者は若いけれど、アメリカでは経験がある40代以上が多いです。元気があって新鮮なアイディアがある若手エンジニアと経験のあるマネージメントチームの組み合わせというのが多いです。もちろん年齢は関係ないので、若くてもいいのですが、経験があるほうが強い。シリコンバレーの特徴として「混ぜる」というがあります。世代だけでなく、人種もそう。アジア系のエンジニアがたくさんいて、マネージメントはネイティブなアメリカ人というのが典型的なスタイルです。望んでいなくてもそうなるのです。若くて生きのいいエンジニアはハングリーなインド人や中国人。彼らはネットワークもありますし。日本は日本人同士のネットワークがないですね。インド人などは常にオポチュニティーを探せる点でうらやましいです。
Q:日本人のコミュニティは少ないということですか?
A:雀の涙ほどしかないですね。日本人同士でやることにも限界がありますし。日本人だけで集まっているとマーケットが日本だけになってしまうということもあります。ただ、日本のマーケットがよく分かっているというのは日本人のアドバンテージで、アメリカ人が日本に入り込むことは難しいということもあるのですが。
アメリカで受け入れられないと、日本だけか、と思われてしまいます。一方で、(アメリカ人にとって難しい)日本とアメリカの両方を手に入れれば6割か7割のマーケットが取れるという利点がある。企業としての信頼も増します。アメリカのマーケットが取れれば次のステップが見えるかもしれない、というのもここにきたモチベーションの一つでした。
またコンペティターが周りにいるというのも重要です。コンペティターがどのような戦術を持っているかがわかりますから。シリコンバレーは、競争しながらも仲間、コミュニティなんす。誰が何をやっているかが筒抜けで、情報誌で見えない情報も丸見えです。よく見える中で勝ていかないといけない。これもシリコンバレーの面白いところですね。ここではアイディアもシェアます。人に盗まれるようなアイディアはたいしたことがない、と思われているからです。アイディアだけでなくチームがないとうまくいかない。チームを作るのには信頼関係が必要なので、人を出し抜くような人はいないし、そのような人はうまくいかないですね。アイディアとマネージメントチームを両輪で走らせる、しかもそれを3年くらいで行わないといけないので、アイディアを取ってからだと間に合わない、ということもあります。もちろん会社としてはコンフィデンシャルな部分はありますが、個人間では情報交換しています。あと、ここでは人の悪口は絶対いいません。誰がいつ自分のボスになるか部下になるかわからない。常に笑顔で生きていかないといけない場所。もう一つのシリコンバレーの特徴はおじさんが元気なことです。元気な人たちはなかなか引退しないので。ネットワークと経験をもったおじさんをどう使うかが重です。じさんが前線で働いているのです。
Q:日本からアプライしてくる人はいないのですか?
A:いないですね。でも日本からでも給料が安くてもいいと言えば、チャレンジすれば受け入れてくれる会社あるはずだと思います。
問題は日本からくると、リファレンスが取れないということですね。こっちではチームワーク、パーソナリティーなどのリファレンスを必ず取ります。日本からだと誰かの強力な推薦がないと、入り口が難しいかもしれないですねここで5年くらい実績をあげないと難しい。
Q:こちらに来て良かったと思いますか?
A:結果的には良かったと思いますね。コンピューターの情報などが溢れていますし。日本だとそうした情報は入らないと思います。
Q: シリコンバレーでやっていくためのキャリアパスに関してどう思いますか?
A: 学歴はまったく問いません。特にエンジニア系の学問は専門範囲が狭いので、ぴったりマッチしないとメリットがないと思います。それよりもベースの基礎体力や、その分野での経験をむしろ問います。会社全体として投資家からの受けを良くするために、MIT、スタンフォード、カルテックの卒業生を入れることもあるけれど、全体をみれば関係ないです。年齢を重ねるにつれて、どんどん関係なくなっていくだろうと思います。確かにいい大学を出たということは正当に評価されるけれど、ビジネスがうまいか、セールスができるかには結びつかない。学歴よりも実際できるかどうか。評価する側としても、学歴など見なくても判断できる、というのがかっこいい。そこらへんもシリコンバレーの面白さです。年齢も関係ないからそれを問うことはありません。普通に仕事をしていて、学歴や資格を聞くことなどない。それよりも、儲けられるか、などが重要です。実績が大切。資格はあるならばあった方がいいけれど、それがどう役にたったか言える方が大切です。
Q:新卒に関してはどう判断するのですか?
A:新卒は難しいと思います。ベンチャーは,普通は新卒をとって面倒を見る暇はないから採りません。新卒は働いて実績を作らないといけない。ビジネスマンで一番きくのは一発当てたかどうか。このセールスディビジョンで売り上げを100万ドルら1億ドルにした、などのレジュメが多いです。実ビジネスで何ができたかをレジュメに書きます。面接で学歴のことをアピールする人間はいないです。
気合とかガッツとかモチベーションを高め続けられるか、ということも重要ですが、それ以上に自分で問題を発見し解決できるかを見ますね。日本だと今から勉強します、というけれど、ここでは面接の時にそこはもう勉強してあります、と言わないといけない。明日からすぐ出てきますと言わないと採用されません。明日から上にいけるかどうか。勉強してきたかどうか。うちに来た女性も、次の日から普通に働いていました。やりながら覚えていっていましたね。
Q:日本のエンジニアとアメリカンのエンジニアを比較した時どうですか?
A: 平均をとると、日本のエンジニアのほうが優秀だと思います。こちらに来ている人の中にも優秀な人もいます。最終的には個人の問題であり、出身国は関係ありません。優秀ならいい。違う点としては、転職が常態のシリコンバレーでは、次のステップに行くためにはどんどん新しいことを勉強しないといけない、ということがあります。だからスキルアップし続けます。日本だと一つの会社にいて同じことをやり続けるからモチベーションが続かないので、10年、20年たった時に差が出るのではないでしょうか。
しかも、日本では途中でエンジニアをやめてしまう人が多い。マネージメントに移ってしまったり。テクノロジーを追いかけ続けられるのがシリコンバレー。サラリーなどは別として、テクノロジーをずっと続けられるのは楽しいことです。スタートアップもたくさんあるので、大会社が嫌ならば小会社に移ってまたテクノロジーを追いかけられます。大きい会社にいたいなら、それも選べる。一方で経験を積んで給料があがっていくとどこかで費用対効果が頭打ちになって、若い世代に取って代わられるようになり、リタイアしなくてはいけないかもしれない。常に競争はある。リプレイスがきく、ということは常にチャレンジが必要ということです。
Q:シリコンバレーではエンジニアの選択肢は広いのですか?
A:選択肢は山のようにあります。それを獲得できるかは別として。なぜここに来たいのか、本気で来たいのか、そこが明確であれば受け入れてくれる人はいると思います。10社がだめなら100社くらいあたれば、そんなにやりたいならやってみれば、という人もいると思います。ベンチャーをやっている人は元気がある人を欲しがっているので。でも違う所で何か勉強したいだけならば、日本で勉強すればいい、となってしまうと思いますけれど。やりたい、という気持ちが大切です。
早く来てみるといいのでは。若いうちなら失うものないし。でもここでは自分の勤める会社がなくなってしまう可能性もあるので、仕事をしながら色々なところに顔を出してネットワークを確保し、サバイブできるようにしておくことが必要です。生きるためにどうするかを考えておくのは楽しいですし。帰る所のないハングリーな人と戦わないといけないから、ネットワークを作ることが必要。ここに来たら日本人でも、インド・中国の人のネットワークに入っていかないとだめだと思います。日本のコミュニティは駐在員のコミュニティですから、すぐに帰ってしまいます。
でもエンジニアで優秀だったらネットワークは問題ではありません。優秀なエンジニアはどこも欲しがっているし、優秀ならすぐに優秀だとわかります。一度どこかに潜り込んで実力を証明することが大切です。いったんリファレンスができる実力を見せられれば、国籍も年齢も関係ありません。実力社会。
Q:こちらでは転職が多いと聞くのですが、キャリアステップに関してはみなさんどう考えていらっしゃるのですか?
A: ゴールがどこにあるのかを設定しておかないとステップを考えるのは難しいです。転職といっても給料をあげるだけなら簡単。10年後、20年後だいたいどうしたいのかがおぼろげにでも見えていた方が次のステップが見えやすくなります。ずっとエンジニアでいきたいのか、マネージメントチームに入りたいのか。そういうのが見えていないと10年後のことを考えるのは難しい。でも一回働いてみないとわからないですね。
若いうちはこっちでやってみることをお薦めします。実力もつくし、楽しいし。来てみたいという気持ちがあるなら来てみたら。来るために何が必要か、という前提条件を聞くのでなくて一緒に仲間を作って来てみたら。皆好きで来ている。やってみないと分からないし、たまたまそれがアメリカだっただけです。ただ、シリコンバレーは大量生産する場所でなく個々で勝負する場所。個人で勝負できないようでは厳しいと思いますが。
Q:キャリアのための転職のスパンはどのくらいですか?
A:3−5年です。3年いないと結果がでない。しかもそのハードルは日本に比べてはるかに高い。自分が持っているものが小さければ乗り越えられないかもしれないですね。やりたいことを持っていれば得るものも大きいと思います。最初はキャリアなど考えないほうがいいのではないですか?どの会社でも大学を卒業して2,3年は学ぶことがありますしね。
業界にもよりますが、ドクターはあったほうがいいとは思います。グリーンカードを取ったりするときに便利。仕事は別として、社会的に何かをする時に学歴があったほうがいい場合は確かにあります。でもはじめからそれは考えないほうがいいのでは,と思っています。
■ インタビュアー感想 :石戸 奈々子
個人での勝負。力強さと勢いを感じました。気持ちさえ整っているのであれば、自分で壁をつくってしまうのでなく、とりあえず飛び込んでみるという勇気が一番私達に欠けている所なのかもしれない、と感じました。
来たいなら来てみたら、自分への励ましの言葉とすると同時に同世代の皆にも伝えたい言葉です。
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