2月のギークサロン、「木田泰夫氏がAppleで経験したこと」のレポートをお送りします。
レポーターは石川雅意(いしかわ まさい)さんです。
先日、AppleのシニアマネージャーでMacOSX、iOS向けの日本語入力、日本語フォントの開発を担当されている木田泰夫氏の講演を聴きました。
今回の講演は木田氏とJTPAボードの渡辺千賀氏の対談形式で行われ、終始和やかな雰囲気の中、色々な話題が飛び出しました。
木田氏は1989年にApple Japanに入社し、1999年より米国のAppleでソフトウェア開発に従事している。
学生時代は生物化学を専攻し、将来は当然バイオ系の仕事に就くと思っていたが、UNIXのゼミを受講したのをきっかけにコンピューターの魅力に目覚めたとのこと。
なんと当時はMac嫌いだった(!)
しかし、パーソナルコンピューターに将来性を感じApple日本法人に電話。合否の通知を受けるのに半年以上かかったというから驚きだ。
10年間日本で勤務した後、1999年に渡米したが、日本での生活に満足していたため本当は来たくなかったとのこと。
その後、一貫してMacOSXとiOS向けのソフトウェア開発を担当している。
対談は渡辺氏から木田氏へのインタビューという形で幕を開けた。最初の話題はAppleの低迷期の話。
渡辺氏からは当時のAppleはダメ製品のオンパレードで、作ってる人の愛が感じられなかったという厳しい指摘。
ソフトウェアのプロジェクトを担当していた木田氏自身は仕事を楽しんでいたそうだが、
一方で個々の社員が夢を追いすぎて会社としての一貫性に欠けていたと感じていたそうだ。
加えてWindowsを意識しすぎたため、ハードウェアとソフトウェアのバランスが崩れ、結果的に他社のOSを採用することになった。
OSへのNEXTの採用をきっかけにSteve Jobsが復帰することになるわけだが、これはJobsらしい復帰の仕方だった。
Jobs復帰後は社内の変化を肌で感じた。特にエンジニアは時間的制限の中で仕事をすべきとのJobsの信念から、
見通しの立たない研究プロジェクトを廃止し、全エンジニアを開発に集中させるというドラスティックな改革を実施した。
そんな劇的な変化にも皆が納得できたのは、Jobsのやりたいことが明確で、それを説得力を持って説明できたからだとのこと。
Steve Jobsのリーダーシップの評価の高さが垣間見えるエピソードだった。
社員食堂のスタッフを全員社員として採用し、Jobsがシェフを自らヘッドハントして来たという逸話もあるのだとか。
Jobs復帰後のもう一つの大きな変化として、リテール事業の拡大が挙げられる。
当初はメーカーがリテールを自社運営することに批判が集まったが、2年後、それらの批判は一蹴される。
パロアルトにApple Storeの旗艦店を開店後、各地にStoreをオープンし、今では大成功を収めている。
私も先日Apple Storeを訪れる機会があったが、店員の持つiPhoneにクレジットカードリーダーが装着されていて、
その場で決済が済んでしまったことに衝撃を受けた。この斬新さはAppleのリテールだからこそ実現できることだ。
続いての話題は、Appleの開発体制について。
Appleでは開発に際して仕様書を書かないとのこと。
仕様書を書くと、その仕様を達成することがゴールになってしまい、使いにくい製品が出来上がってしまう。
むしろプロジェクトを進めながら、必要に応じて改良し、より良い製品に仕上げていく。
このプロセスにはエンジニアが主体となって製品の企画を行う同社の風土が助けになっているそうだ。
仕様書のかわりに具体的な完成イメージを絵に描き、企画段階からリアルな製品をイメージできる開発体制をとっている。
加えてAppleは開発をCupertinoに集約しているため、アウトソースの必要がないことも仕様書が必要とならない要因になっている。
ひと通りの対談を終えたあとは参加者、Ustreamの視聴者から活発な質問が寄せられた。
特に仕様書無しの開発体制に注目した聴衆が多く、製品仕様や内部API、ソースコードをドキュメント化しないことに対する質問が多かった。
結論としては、Appleでの開発はプロセスの中で絶えず変化するため、ドキュメント化する必要がないとのこと。
むしろ変わることを前提として作っているため、ドキュメント化する労力が無駄になってしまう。
「Appleの競争力の源泉は?」「Appleで活躍できる人材像は?」という質問に対しては、
ビジョンに明確にフォーカスすること、自分がやりたいことを明確にし、それを周囲に伝えられることだと言う。
ああ、Appleの製品に常に作り手のメッセージを感じるのは、こんなバックグラウンドがあるのだな、と思う。
常に明確で説得力のあるリーダーシップ、大胆な企画力、豊富なアイデア、そして社員1人1人の挑戦への意欲。
まさにビジョナリー・カンパニーを地で行く企業がAppleなのだと実感するセッションだった。
また、普段はあまり耳にすることのできないApple社内の裏エピソードも聞くことができ、とても参考になりました。
ありがとうございました。
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