全米では3300万人が個人事業者としてビジネスをしているとされていますが、そうした「独立した働き方」についてのパネルディスカッション形式のセミナーを行い、62名の方にご参加いただきました。



独立した働き方にはいろいろな形態があります。例えば、
・「セミ独立」ともいえるのが、組織の中で、長期的に雇用されているのと同様の業務を提供する人たち。この中には、いわゆる「temp」と呼ばれる派遣社員もいれば、CEOやCFOなど、非常にハイレベルなスキルを持って、増資・事業のターンアラウンドなど、特定のタスクを実行する人たちもいます。
・次が「ソロリスト」。これは、個人としてプロジェクトベースなどで仕事を請け負うもの。多くの「インデペンデント・コンサルタント」はこれに入ります。
・もう一つが「マイクロビジネス」型。これは、より会社に近い形態で、売るものが定型化されています。例えば、リサーチレポートを個人で発行する、というのはこれにはいるでしょう。
こうした人たちが、全米で3300万人いるとされています。
実際には、こうした働き方の間には境界線がきっかりあるわけではなく、いろいろなタイプの仕事の仕方の間を行ったり来たりしたり、また、いくつかのタイプの複合形のような仕事の仕方をする人もいます。
また、独立して「働ける」能力は、失業率が高い今、長期雇用と長期雇用との間をフレキシブルに繋ぐものとしても重要になってきています。
アメリカが不況のどん底にあった1982年で、アメリカで働く人の12%が「職を失うのではないか」という恐怖を持っていました。それから17年後の1999年には、バブルの最高潮だったにもかかわらず、37%が職を失う不安を持っていた、というデータがあります。実際に、98年・99年には、失業率は30年間で最低だったにもかかわらず、全米で130万人がレイオフされました。Alan Greenspanは「変化の早さによって、仕事場での不安とインセキュリティが明らかに大きくなっている」としています。

シリコンバレーは今「どんぞこ」景気にありますが、その中では、職を失う危険はかつてないほど高く、また新たに職を見つけるのはとても難しくなっています。おそらく皆さんの周りにも、半年、1年、もしくはもっと長い間職探しをし続けている人がいるのではないでしょうか?
職探しをする傍らで、短期的なプロジェクトをこなすことは、新たな仕事のトライアルにもなりますし、自分の能力をさび付かせないためにも、なかなかよい方法となってきていることも確かです。
当日は、独立して働く皆さん3名にパネリストとして参加いただきました。イベントの案内をした際に、パネリストとして予定されていた山崎氏は急遽仕事の予定で参加できず、代わりにJTPAボードメンバーで、MUSE Associates社長の梅田氏がパネルとなりました。
パネル紹介
橋本千香さん:中央大学応用科学化を卒業、雪印乳業でrecombinant DNA技術に関わる研究に携わったのち、渡米、U.C.Davisを経てNeurex Corporationや Lynx Therapeuticsで遺伝子に関わる先端研究に関わられました。1998年からAGY Thrapeuticsでbusiness developmentのdirectorを勤め、2000年に独立。現在はGallusus Inc.の代表として、日米企業間のバイオ関係の事業のサポートを行っています。
佐藤真治さん:早稲田大学理工学部にて、学士号・修士号を取得した後、中部電力・三菱総合研究所を経て、スタンフォード大学大学院に留学。卒業後は米国Apple Computerにて次世代オペレーティングシステムの開発に携わる。また、アントレプレナーとして、Tresidder Networksを創業し、携帯機器へのデーターの配信を目的とするサーバーミドルウェアの設計、および開発の指揮を取った経験もお持ちです。バイオインフォマティクス分野では、スタートアップのMolecular Applications Groupで上級エンジニアとして、タンパク質構造解析ソフトウェア、タンパク質データベースの開発に携わり、Molecular Application GroupがCelera Genomicsに買収されたのに伴いCelera Genomics にてバイオインフォマティクスソフトウェアの開発にも従事。現在は独立してバイオインフォマティクス専門の技術コンサルティングを行っています。

梅田望夫さん:慶應大学工学部卒、東大修士で、東京でコンサルティング会社のアーサー・D・リトルに入社し、コンピュータ関連企業の戦略立案コンサルティングを担当されました。1994年、Arthur D. Littleのシリコンバレー事務所Directorとしてシリコンバレーに移り、1997年に独立して、MUSE AssociatesをPalo Altoに設立。日本のコンピュータ関連企業の経営者に対する、年間契約型マネジメント・コンサルティングを中心に活動しています。MUSE Associatesは、シリコンバレーのハイテク業界に精通したプロフェッショナル達を、プロジェクト内容に応じて起用する形でサービスを提供するネットワーク型コンサルティングを指向するコンサルティング会社です。2000年には、ベンチャーキャピタル、Pacifica Fundを設立。General Partnerとしてベンチャー投資業務にも従事されています。 加えて、2001年には日本電気(株)経営諮問委員会の社外委員、NTTドコモおよびオムロンのアドバイザリーボード・メンバーにも就任しておられます。
(司会:JTPA代表渡辺)
まず、自己紹介を。
佐藤:もともとソフトウェアエンジニアで、今はバイオインフォーマティクスが専門。バイオの会社はITがわからないので、そうした会社向けにITのチームを作ってあげたり、エンジニアとして実際に手を動かす仕事から、より戦略的なことまで手がけている。
橋本:日本の景気のよい時代を知らずに、80年代後半からずっとアメリカにいる。今は日本と米国の企業をサポートする仕事をしており、日本企業や米国のスタートアップ向けの事業戦略立案や、日米の提携の橋渡しをしている。

梅田:70年代の子供の頃にプログラミングを始めて以来ずっと、コンピュータサイエンス分野の研究・ソフト開発を志向していたが、その後紆余曲折あってコンサルティング会社に就職した後、独立した。コンサルティング会社勤めの人は、コンサルタントとして独立することも多く、独立は「自然な流れ」とも言える。
独立にいたったきっかけ・経緯は?
佐藤:起業した会社をたたんだ後、半年から1年何もしないでいようと思ったのだが、何人かから「こんな仕事をしてみないか」と声をかけられて、コンサルティングを始めた。日本で学生だった80年代前半、まだパソコンが出始めの頃いろいろなプロジェクトを引き受けて働いていたことがあったが、その時の経験が役に立った部分もある。
橋本:シリコンバレーに来て何年か経つと「自分も何かできるはず」とみな思うはずだが、自分自身もそう思った。最後に働いていたベンチャー企業では、立ち上げメンバーに加わって、ビジネスディベロップメント・ディレクターとして社外とのやり取りをする仕事をした。独立後は、その時の知り合いからいろいろな仕事が来るようになった。
梅田:コンサルティング時代培った顧客が、独立した後の最初の顧客となった。独立については、ずっと独立してやっていくのか、次の職を得るまでのつなぎなのかの違いによって、準備しなければいけないこと、最初の心構えが違うと思う。自分の場合は、かなり長く永続する事業として独立をとらえていたから、コンサルティングの差別化に欠かせないintellectual propertyを蓄える、といった長期的プランが必要だった。
どんな価格体系で働いているか?

(ここで、梅田氏より、会場の聴衆に対し、アメリカ滞在期間を質問。おおよそ、7割くらいが5年以上、さらに2割は10年以上。)
梅田:アメリカに長い人が多いのでもう既にわかっているかもしれないが、日本人の特質として「時間単価でサービスを売る」という概念がなく、非常に自分を安売りしてしまう人が多い。僕は時間単価評論家、を自負しているのだが、例えば引越し屋(比較的安めの)が一人35ドルだ。ハンディマンと呼ばれる便利屋が大体35-40ドル。水道工事屋は、水道工事会社経由で払うと平日120ドル、休日180ドル、独立している人が1時間80ドルくらい。
(ここで、会場のWilson Soncini Goodrich Rosatiの弁護士、中町氏より、同社のパートナーで380ドルから600ドルが相場、とのコメント)
弁護士のような、知的でexpertiseのある仕事のプロでは、個人で独立していたら普通200-350ドル程度。コンサルタントといってもいろいろあるが、経験的には、コンサルタントとして働く際には、時間単価150-300ドル程度が妥当といえるだろう。
日本人は「日本では年収1000万円といえば結構いいほうだ。一年に250日働くとして1日4万円、時給にしたら5000円くらいかな」と安い値段を自分につけてしまうことがありがち。しかし、コンサルタントとして自分を差別化していくためには、自分の知識を増すためにいろいろな勉強もしなければならない。だから、実際の稼働時間は少なくなって当然で、250日フルで働くことはできない。それを間違えると、忙しいばかりでどんどん首が回らなくなって、結局「独立してはやっていけない」ということになって、会社勤めに戻ってしまうことになる。
橋本:コンサルティングプロジェクトは、アメリカの会社はプロジェクトのスコープが非常にはっきりしているので、それに対する対価も予め明確なイメージがあることが多い。対して日本企業は依頼内容が曖昧なことが多いが、それがゆえにプロジェクトのあり方の根元のところからプロポーザルを構築することができるので、フレキシビリティが高く、価格もそれに応じたものとなる。ただ、米国企業は決断までがすばやいが、日本企業相手だと時間がかかる。
佐藤:エンジニアリングの仕事を引き受けるときは自分がフルタイムだったときの2倍が最低の目安。より自分の持てる知識を活用するタイプの仕事では、もっと高くなる、という感じ。そういう仕事はオーバーヘッドが大きいので。昔電力会社に勤めていたとき、電力はピーク時に合わせて値段をつけていたが、それと一緒。知的充電のためのオーバーヘッドの分もきちんとチャージしないと。
仕事を獲得する上で、また、受注した仕事を遂行する上で必要なネットワークはどうやって獲得したか?
橋本:研究職とビジネスディベロップメントの両方を経験した。この二つは出会う相手が全く違うが、その両方を経験したことが役に立っている。特に後者の仕事で「何かを売る」「ディールをクローズする」という経験を通じて知り合った人たちから仕事が来る。また、ベンチャー3社で働いて、それぞれの会社の同僚たちが新たな仕事を始めていくので、どんどんネットワークが広がった。シリコンバレーの特性で、新しいことを始めた、というとみなが面白いといって前向きに話を聞いてくれる。また、今定職を持っている人でも、セカンドジョブとしてプロジェクトを引き受けてくれる、ということもある。ただ、意識してネットワークを作ってきたわけではなく、好きなことをしていたらたまたまこうなった、という感じ。
佐藤:スタートアップにいた経験が重要、というのは本当に実感する。スタートアップでは、短期間の間に、いろいろな問題が起こり、一緒につらい時期を過ごすので、互いの本質が見え信用が深まる。一方で、アップルのときの同僚たちは「アップルに10年いる」といった人たちが多く、アップル以外のネットワークがない人たちが多いため、発展がない。
(司会、渡辺より:最近ネットワーク構築でのweak-tieの重要性が語られている。同じ会社で毎日毎日、何年も一緒に過ごす同僚同士のつながりはstrong-tieだが、取引先も含めてネットワークが重なってしまい広がりがない。一方、普段あまり会わないような、weak-tieの知り合いを通じては、自分の知らないネットワークが広がっていく。)

梅田:weak-tieがない例は、日本の企業に長く勤めた人たちが、会社をやめた瞬間にとても困ることによく現れている。自分が人と違う点、つまり差別化できる特徴をいくつかのキーワードの組み合わせで考えておくことが大切。ネットワークを構築するということは、その自分の特性を表現するキーワードの組み合わせが人と違っていることを周囲に知らしめ、「こういう問題があったらこの人に聞こう」と覚えていてくれる人を増やすことだ。
橋本:人と違っている、というのはとても重要。私も「人と同じことをしていると、たとえそれが気に入っている仕事であっても辞めたくなる」という傾向がある。アメリカの大学で勉強した後、日本企業と米国企業の日本支社からオファーももらったが、「日本のアカデミア、日本の会社、アメリカのアカデミアと経験したから、経験していない『アメリカの会社』にトライしてみよう」と思ったのが今のキャリアに至るきっかけだった。
佐藤:日本は、会社と付き合っているのであって、人と付き合っているのではない。だから、会社を辞めたとたんに関係が途絶えることが多い。本当の友人は、会社を辞めたときにわかる。
特定企業の出身者同士が強い結びつきや業界内の影響力を持っていることが多いが、どうやってネットワーク構築に役に立つ会社を選んだらいいのか?
橋本:バイオではGenentech出身者があちこちで起業、とても役に立つネットワークになっている。私がいたスタートアップでも、コアとなる企業メンバーが元Genentechというところがあって、そのネットワークは強力。しかしこれは、ロジカルに考えてできるものではない。Genentech設立当初同社に入っていた人たちは運がよかっただけ。もしかしたら5年単位で考えれば「得をするやり方」というのはあるかもしれないが、10年、20年考えたらそういう方法はない。
独立後のネットワークの維持・構築はどうしているか?
佐藤:自分の既存のネットワークでは、特定の分野の人たちに限られてしまう。新たな分野のネットワーク獲得にはactiveな努力が必要。シリコンバレーにはいろいろなspecial interest groupがあるので、これを活用している。例えば、最近はビジネス関係のネットワークを構築しようと、そうしたフォーラムなどに積極的に参加、ボランティア活動をしたりしている。
梅田:いちばん大切なのは、そういうことをするための時間的余裕を作ることなのだ。だから、ここでも先ほどの「単価」の話が重要になる。自分を安売りしてはいけない。そうすると、生活のための仕事で手一杯になって、新たなネットワーク構築、顧客開拓のための時間もなくなってしまう。こういうプロセスを経て、独立を志した日本人の9割が独立を断念するといってよい。「安い仕事は断る」という心構えが重要だ。そして高い仕事を引き受けられるよう、差別化努力をすることだ。
橋本:強気でいくのは重要。奥ゆかしくてはだめ。ちょっとずうずうしいくらいの心構えができればうまくいく。独立している人はアメリカにはたくさんいるので、あまり構えずに楽天的にやってみることを勧める。特にビジネス関係の人に比べて、技術系の人は独立しやすい。
独立した働き方のよい点は何か?
佐藤:全部自分で決められること。また、直接的に自分の努力と成果の相関関係がわかること。会社では組織の一部なので甘えがでることもあるが、独立すると緊張感があってよい。

橋本:自由なこと。いろいろなことを自分で決断できる。戦略も自由に決められる。
梅田:お二人の意見とほとんど同じだが、アメリカの大企業に勤めていた経験との生活実感的比較から言うと、会議がないこと、社内資料を作らなくてよいこと。この二つをしないだけで、驚くほど純粋に仕事のために使える時間が増えるのが実感だった。
悪い点は?
佐藤:周りから不安定な仕事だと思われてしまうので、、例えばmortgageが借りにくい、といったようなマイナーな問題はある。それと、いつでも仕事のことが頭に残ってしまうこと。あと、自分の場合成功報酬型の仕事をしないので、お客さんの成功を分かち合うことができず、ゴールが違ってしまうこと。
橋本:自由が問題点全てを帳消しするので、特にない。成功報酬も取り入れているので、ゴールの相違という問題点もない。
梅田:公私の区別が曖昧になること。休暇中でも毎日Eメールをチェックしたりして働いてしまう。また、「小金に目がくらむと体を壊す」ということもある。うまく回り始めると、どんどん仕事が来て、「休みを取らずに働けば、それがそのまま収入として跳ね返ってくる」という状態になる。そういう時に、その収入を捨ててでも土日休むということができないと駄目。
会場から質問:ネットワークは自然にできるか?また率直に言って儲かるか?
梅田:ネットワークは意識して構築している。10数年注意してそうしてきたので、最近では初対面で相手がネットワークとして役に立つ人かどうかわかるようになった。
橋本:まず言葉の定義を明確にしたい。というのも、日本語の「ネットワーク」と、アメリカでの「network」が違う意味であることに最近気づいたので。Networkには友達は入らずビジネスのつながりだけ。儲かるかどうかに関しては、研究者だったころは、お金を使うばかりの仕事だったが、今は自分が働いた結果手元に利益が残ることで、社会に貢献している実感が湧いてうれしい。
佐藤:ネットワークは命綱なので、持っていなければ話にならない。私の場合、多くのものは自然にできてきたものだが、戦略的に作る必要性も十分に意識している。。儲けについては、会社勤めでもらうサラリー程度を稼ぐのは簡単。
会場より質問:仕事の時間は長いか?実際どれくらい働いているか?
梅田:仕事とプライベートの区別がないので、うまく言えない。休暇をとっても、毎日Eメールをチェックしたりするのに加え、いろいろと知識を吸収する時間もあり、今のほうが会社づとめをしていたときより長い。

橋本:仕事とプライベートの区別がないのは同じ。大きな違いは、スタートアップで働いているときは、会社が働く場所だったが、今は家に帰って仕事をする自由度があること。
佐藤:会社にいたときと同じくらい。元々エンジニアだったので、会社にいるときは会議や社内書類といったオーバーヘッドはほとんどなかったが、今のほうがかえって税金や顧客への請求書を書くといった時間が必要。
会場より質問:知識の吸収にかける時間はどれくらいか?どうやっているか?
梅田:仕事時間のうち4割は勉強。
橋本:コンファレンスに出席するなど、いろいろと知識吸収をしているが、コンファレンスで言われること、雑誌に書いてあることは、情報としてもう遅い。それよりネットワークの人を通じて「ある技術が本当にワークするのか」「ある事業が本当にビジネスになりえるのか」といった最新の情報を常に入手するようにしている。ただ、チームを構築してプロジェクトをするので、全部自分で知っている必要はない。
佐藤:なるべく自分にとってラーニングになるような仕事を取るように心がけている。
会場より質問:定性的な成果物を提出する場合、どこで「終わった」と決断して顧客に提出するのか?
梅田:終わった、と気合で決めるしかない。
橋本:マイルストーンを分けてだんだん顧客に最終成果物の形を説得、相互理解の下に終える。
佐藤:予め最終期日を決めておく。その中で最良の結果を出すように最大限努力する。
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