開放系という言葉をkeywordとして、シリコンバレーにおける人の流動化の現状や、日本でのその意識変化について、また起業するにあたっての必要なスキルについてもお話していただきました。また、世界をも視野にいれてやる事をしっかり明確にし、開放系に飛び込むべきだ、というメッセージを頂きました。(インタビュー日: 2002年6月18日)
プロファイル
三菱化成に就職しそこで流動触媒を使った化学合成に7年間、その販売に更に2年間近く従事する。その後会社の多角化の方針に従い情報電子部門に異動し’95年に米国に異動する。2年間North CarolinaのCharlotteにあるバーベータムという子会社の本社に勤め更に’97年、シリコンバレーのSunnyvaleの支社に転勤する。間もなく東京本社に戻るが、Green Cardを取得したのを契機として今の会社IMCA America Inc.に転職する。
- http://www.imcaamerica.com/
- http://www.imca.co.jp/
インタビュー
Q: シリコンバレーに勤め始めたとき、どう感じましたか?
A: なんて良い所だろう、と思いましたよ。アジア人が多くてアジア料理のバラエティがありますから。その前にいたCharlotteでは日本料理の材料を買う事さえ困難でしたからね。それにここは気候が良いですしね。
Q: 今の会社IMCA America Inc.に転職した理由はなんですか?
A:リコンバレーで社内ベンチャーの事を調べたり、外の異業種交流会に参加したりして、シリコンバレーにいる人は皆運命共同体という認識がある事が分かりましたし、ここではチャレンジする事のみが価値を生み出すんだということも分かりました。またベンチャーとは何か、ビジネスを立ち上げるとはどういう事か、のイメージも持って日本に帰国したのですが、日本ではベンチャー企業を興す人は特別な人という考えがあったんです。シリコンバレーではベンチャー企業がリスクをとりある程度のものになったらそれを大企業が吸収、買収するというシステムで成り立っているのですが、日本の大企業はそういったシステムを理解していなかったんですよね。
それで自分が楽しく仕事をするのに今までの会社で仕事をする事に疑問を感じたんですよ。その時Green Cardがおりたので転職に踏み切りました。
Q: 転職をする前に何かなさっていた事はありますか?
A: 日本に一時帰国したときに日本全国6,7箇所で2週間かけて日本のどこが悪いというような内容の個人講演会をしました。その時に色んな思いを持った人とのネットワークができました。その人たちとの交流は今でも続いていますよ。自分で仕掛けて良かったと思いますね。
Q: 日本社会はどうした方が良くなると思いますか?
A: 閉鎖系から出るしかないですね。エントロピーは極大化に向かうと言われていますが、これは閉鎖系の話であって開放系にしたらエントロピーは自己組織化に向かうんですよ。つまり仕事も他の活動も今の組織を考えずに開放系にすることです。
アメリカも’95年には財政破綻まであと3、4年だろうと言われていたんです。それを回避するために開放系にもっていったんです。つまり外からどんどん優秀な人を入れてビジネスをやらせたのです。アメリカという閉鎖系だった状況をいろいろな所とつないで活性化させたわけです。それが今のシリコンバレーの形なのですよ。
Q: 日本でベンチャーを興すと考えている人に足りない点はどこだと思いますか?
A: ベンチャー企業を興す、つまりシードから事業集団にもっていく事は非常に大変です。研究の段階だったシードを事業の段階に持っていかなければなりませんし、個人レベルでやっていた事を集団というレベルで考えなければなりません。そういう認識が弱いですね。よく技術を持った大学の先生などが自分がCEOになって起業したいとおっしゃる方がいるのですが、その方にはCEOとしての役割を話します。マネージメント、事業開発、マーケッティング、セールス、あなたにこれができますか、と聞くんですよ。そうしたら分かってもらえますね。それに会社の段階に応じてその業務内容も異なってきますしね。
Q: CEOとしての能力があるというのはどういうことなのでしょうか?
A: 色々な要素があるとは思いますが、最初からずっと行う大事な仕事である資金集めができるかは大きなポイントですよね。それはプレゼンの能力も大事だとは思うのですが、まず第一にそのCEOのバックグラウンドを見られるので最初は本当に大変です。また、日本で資金集めをしたといってもアメリカのVC(ベンチャーキャピタル)はそれを評価してはくれません。
また、ここのネットワークには成功や失敗の経験がある人がたくさんいるので困った時に色々と教えてくれます。ただ、その助言に耳を貸せない、自分は何でもできるナンバーワンなのだと自負している人にVCはお金を出しません。ソクラテスのいう無知の知という事でしょうか。つまり自分が判断ミスしたことに気付いて切り替えられる事もCEOの能力の1つです。
Q: 八木さんがバイオ業界に注目したきっかけは何ですか?
A: 日本帰国時にファインケケミカル部門の企画・管理として次に何をしたら良いか考えて、日本のテクノロジー、得意分野を調べているうちにバイオ業界は色んな人の積み重ねとかがあって良いのではないかと考えたんです。
Q: バイオ業界において技術とは何かはっきりしているのですか?
A: はっきりしていますよ。特にここの人は分けるのが好きなので、ここのポジションにはこの技術というように明確にしています。日本はまだ個々の技術をそれぞれ分けて重要視するようなことはしていませんね。
Q: 就職、転職を考える時に重要なことは何だと思いますか?
A: 自分がどのような人生を送りたいのかを明確にする事が大切だと思いますよ。仕事と人生の目的が合っていたらそれは究極的に幸せなことだと思います。それは給料が高いとか場所が東京かどうかということよりもっと大切ですよ。そういうような人生の目的を考える意識レベルは日本よりこっちの方が高いですよ。就職は仕事をするための手段だと考えるべきです。人生をどのように生きるかということを決めると仕事をどのようにするかが自然と決まると思います。そうすると仕事をするための手段としての就職が客観的に見えてくると思います。
更に今は国際競争の時代になり、個人の職務実力が問われるようになりました。実力のある個人はボーダレスに声がかかるようになりましたし。まだ組織としてはその動きに対応できていない面もありますが。例えば教育の面でいうと日本ではせっかく教えても出て行かれたら困るというようなしがらみがあります。こっちでは早く実力を上げて会社に貢献しなさいという考え方です。ただこっちでは日本とは内容が違ってその人の仕事内容に基づいた研修をするのでより専門的になっていますけど。
Q: 就職、転職において日本の直した方が良い点はどこだと思いますか?
A: 会社を良くするのも潰すのも経営者だけなのに、今やっているリストラの対象は中間管理職の人達ですよね。これでは会社は良くならないですよ。更に若い世代にとっても自分の将来はこうなるのか、というようなイメージを持ってしまうことで、会社としての精神的な絆が弱くなってしまいます。浅知恵だな、という印象です。シリコンバレーでは重役クラスの人材も流動化しています、それで上手くいっている面もありますし。日本では中間管理職以上の転職に対する意識は非常に低いですね。
Q: 海外で仕事をすることをどう考えますか?
A: もうすでに始まっています。特に個人として世界レベルで国際的に活躍している人は大勢いますでしょ、小澤征爾とかイチローとか。まだ、チームプレーヤーとしての例が少ないですけどね。
Q: アメリカに来ている人の現状はどうなのでしょうか?
A: 在米日本人で早く帰りたいという人は多いですよ。でももし今アメリカにいてここが良いと思うなら会社を騙してでも永住権を取得すべきです。それからゆっくり考えられますから。特にバイオ業界の女性の研究者で優秀な方は、なんとしても残りたいという人がかなり多いですよ。学生として来ている人はこっちにいる間にbusiness
opportunityとはどんな物かを見ておいた方が良いですし、自分の技術がどの程度のレベルなのかしっかり認識しておいた方が良いですね。それで頑張って残って欲しいです。
Q: 在米の方で日本に帰りたいと考えるのはどうしてだと思いますか?
A: 例えばワシントンD.C.のNIHの日本人は300人位いるのですが95%は帰りたいと言っているようです。要するに2年間のローテーションが終わったら日本に戻ると決めているんですね。こちらに来る時の関門は厳しいのですが、こっちではresearcherとtechnicianの中間のような状態で研究をしているんです。
それなので日本に帰るならばただ論文に名前を載せることができるので良いのですが、もしこっちに残るとなると結構厳しいです。論文は全てオリジナルで書かなければならないですし、自分で予算を組んで部下を集めラボの維持もしなければならないですから。そこまでやらなくても彼らには日本に帰った後仕事がありますからね。だからじゃないでしょうか。
Q: 女性の方も同じ条件のはずですけど女性の研究者で残る方が多いのは何故だと思いますか?
A: これは推測でしかないのですが、日本ではお茶汲みをやらされるなどの差別が存在するからじゃないですか。しかし彼女達のように残ると決めている人は、大変ですけど自分でしっかりと戦略を組んでやっていますよ。
Q: なぜresearcherとしてやらせてもらえないのですか?
A: それは日本から送られる時からそう設定されているのではないですか。つまり日本のボスとしては部下がresearcherになってアメリカに残られると、自分の元を離れてしまい困るからではないでしょうか。また、本人としてもこのボスの下なら安泰だと考えているのかもしれませんね。アメリカのボスはそれほど自分で抱えようと思わないので開放的にして外に出すことが多いようですよ。
Q: 日本の研究者で実際アメリカに来たいと考えている人は多いのでしょうか?
A: イムカと日経BPで共同アンケートをやった結果なのですが、バイオ業界の研究者で転職の意思のある人が去年で80%弱、今年は80%を超えました。これは彼らが自分の将来に不安を感じているからですよね。更に就職先希望地の3位には北米が挙げられました。ただその北米に転職したいという意思があると答えた人に本当に行きますかと聞いたら、今は無理だと答えたらしいのですが。
Q: 口では行きたいと答えても実際行かないのでは何も変わってないのではないでしょうか?
A: 段々と口で言っている内容に行動も近づいていくと思います。例えばイチローが活躍しているのを見て他の選手も行くように、最初の人の様子を見て上手くいっていれば自分も可能だと考えますよね。特に身近な人が行ってその人がどうなったか知る事ができればどんどん変わってくるのではないでしょうか。
Q: シリコンバレーの強みとして情報が集積しているという事があると聞きますがどう感じていますか?
A: そうですね、情報を集めて先端技術はここアメリカ特にここシリコンバレーに、という構図ができあがっています。まず1つ、優秀なVCの所には情報が集まります。VCというのはビジネスプランをたくさん持っていますから、テクノロジーの関係図が描けるんですよ。もう1つとしては弁護士の所に特許に関する情報が集まりますよね。今はそれらがここシリコンバレーでは民間だけで非常に上手く回っているんです。もしアメリカがテクノロジーで遅れをとったら国はこれらの情報を使うでしょうけど。
Q: リーダーとなる人材はどこから生まれているのでしょうか?
A: リーダーが生まれるという点ではNPOがすごいですね。NPOだとボランティアを使うのでコストでは有利ですが非常に不安定です。お金を払わないで人のモチベーションを上げて動かすのですからね。それをマネージメントできる人は次にビジネスや政治を担うと思いますよ。アメリカにはそのNPOが100-150万個ありますよ。
Q: 日本の学生にメッセージをいただけませんか?
A: 学校の中でやるのも大切だけどその中だけの見方にはまると堕落します。自分の世界のみを価値観の基準にしていると物事が見えなくなるのでどんどん開放系の中に飛び込むべきです。そしてやる事をしっかり明確にし自分の技術を上げて日々切磋琢磨してください。
インタビュアー感想 :池田森人
八木さんのおっしゃった通り、これから日本も開放系にして人材を流動化しなければならないですし、開放系にしたときにも生き残っていくためにはしっかりと自分の技術を持たなければと痛感しました。また八木さんの仕事をする事に対するポジティブな姿勢が非常に印象的でした。
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